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研究会の案内ーリマインダー

リマインダーとして研究会の案内と私の役割の記されたメールが事務局から届いていた。

「こういうのをかっちりとよくやるなあ」と思う。

数時間前に、無関係なものを関係づけた一文を見て、なぜこのような誤りもしくは思い違いが発生するのか?と思っていた事柄があったので、きわめて対照的。

 

不注意で本を買ってしまった。鷲田の本だと思ったら、監修に過ぎない。家に帰ってから気づいた。しかしこれは戦略だろう。なぜなら、鷲田の名前だけ浮かび上がる目立つ帯がつけられている。しかしまあ、目次を見ると読んでもいい気がする小見出しが並んでいた。

 

人が間違うのは、脳内におけるイオンの発火は単一ではなく、関連情報が多数同時に発生するためらしい。しかもその発火はイオンの量によって変動するらしいので情報を得た時とそれを後に想起した時とでは変化するらしい。ともかく間違いは・誤りはやむを得ないのだろうが、それにしても雲泥の差という事態は回避しうるとなお信じて研究をしたいと思う。

 

日本教育方法学会 第21回研究集会 開催要綱
日時:2018年6月10日(日)13:30−16:30(受付13:00〜)
場所:大阪教育大学天王寺キャンパス 西館1階第一講義室
※アクセスについては、下記をご確認ください
https://osaka-kyoiku.ac.jp/campus_map.html

テーマ:教育実践研究におけるデータとは何か−データの収集と考察の現在−
趣旨
教育方法学にとって、授業実践や教育実践という総合的営みのどこに焦点を合わせて、いかなるデータをとるかは研究の成否を分ける基本問題です。臨床的な研究にとって、研究課題の設定とそれにふさわしい実践データの収集と分析は、基礎的作業です。地道な作業ですが、この分野にも理論研究からの影響であったり、データ収集の新たなアプローチが試みられたりするようになってきております。
そこで、意欲的に研究データの開発とアプローチの革新を試みている会員に報告をお願いし、それぞれのアプローチを交流・検討することを通じて、教育方法学研究の新たな前進や実践の従来の見方の革新につながることを期待してこの研究集会を企画いたしました。このことを通じてベテランにとっても若手にとっても研究データを取り扱う作法を振り返る契機にしたいと考えました。多くの会員の参加を期待いたしております。

司会者:池野範男(日本体育大学) 西岡加名恵(京都大学)
提案・発表者
坂本將暢(名古屋大学) 工学的アプローチによる教育実践データの分析と意義
中坪史典(広島大学) 映像や写真を介して教師(保育者)の多声的な語りを収集する:文化を反映する教育(保育)実践を描き出す試み
八田幸恵(大阪教育大学)生徒のノート・作品・成果物を公刊し授業研究への多様な人々の参加を促す:教室における目標と評価の豊穣化のために

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:13 | comments(0) | - |
管見

管見の言葉をそう多くはないが、何度か使用した記憶がある。

どこに書いたかは記憶がないが、使ったと思う。

 

出典は、荘子に由来し、「管を以て天を窺う」から来るらしいが、これまた原典を読んだことはない。
視野が狭く、わずかな見聞で、勝手に類推して自分勝手な判断を下すこと、という意味が基本で、なかなかきびしい。だが、そう言うことで謙遜した言い回しというニュアンスも現代ではある。

 

むつかしいのは、どの水準を超えると管見と言わないのかという点である。かなりデータを集めて、詳しい考察を加えている場合にもその言葉が使われていることがあって、管見と非管見の境はよく分からない。

 

この言葉を使う人は、少なくとも、管見ではわからない世界が当該領域にあることを知っている必要がある。管見かどうかわからない人が、管見というのはおかしいからである。

あるいは、管見ではわからないほどの事柄を自己の内に何か一つは持っている必要があるだろう。それと比べて謙遜して用いる言葉だからである。管見というしかない事柄で満たされた人が、管見というのは奇妙と言える。熟知した世界があって、そこまでは知らない世界にコメントする位置関係が必要だろう。

 

そう考えると、謙遜しているようで、そうでもない言葉とも考えられる。

 

そこで自己を振り返ってみると、その言葉を使う資格があったかどうか怪しくなる。

管見の限り、そう言えるだろう。

この用法はあっているだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 06:29 | comments(0) | - |
もう一つに何をみる

地域で一番早い夏花火。

もうすぐ梅雨となって暑い夏。

先月の15日の中教審初中部会の配付資料に高等学校の学習指導要領の改訂の特徴をまとめたものがある。
そこに、「・オリンピックやパラリンピック等の国際大会は、国際親善や世界平和に大きな役割を果たしていること、共生社会の実現にも寄与していることなど、スポーツの意義や役割の理解(保健体育)、障害者理解・心のバリアフリーのための交流(総則、特別活動)」とある。
どの階梯の学習指導要領にもオリ・パラが取り上げられている。
教材としてなら理解できるのだが、そして体育になら理解できるのだが、そこを越えて「改訂の特徴」の一項目にまでランクが上になるのは理解できない。
オリパラなのに、スポーツの意義は三番目に記されていて、一番目は国際親善だ。この順番に不純な意図を読む。
あらゆる物事に、もう一つの意図と姿を見つけようとすることは騙されない知恵とも言うが、そういう消極的な位置づけではなくて、事実の多元性を真としてみることなのだろう。色に色なく電磁波の感応に過ぎない。けれども、その感応が色として多彩でもあるとしるともう一つ別の世界が立ち上がるように思われないだろうか。


 

| 暮らし | 07:03 | comments(0) | - |
バッタ

共用部の玄関を出ようとしたらバッタが止まっていた。

スッと中に入ろうとしていた中学生も、「何?」とちょっと笑顔でもどってきたので自動ドアが閉まってしまった。

 

ここのほとんどの子たちが学習塾や地域クラブに行っている。近所には交差点ごとに学習塾がある。一つの低層ビルは、一階以外は学習塾と音楽教室ばかりが入居している。

 

夜間にすれ違う親子連れは塾の送り迎えであることがおおい。

大変だな、といつも思う。

 

中国の高校三年生は、朝6時からの補習に始まり、夜は10時まで。それからさらに家で勉強して、一日4時間睡眠で試験にのぞむという。中にはもっと睡眠時間を削る高校生もいるという。これは、ひたすら暗記タイプの勉強だ。

 

ひたすら暗記へと動員する潮流がなお大きいのだが、別の流れもある。

どの流れにのるとしても、目的が外からやってくる不穏が気になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 暮らし | 07:50 | comments(0) | - |
第21回研究集会案内

あと1ヶ月を切ったので、広報。

教育方法学会の研究推進委員長としての業務。

教育実践研究をテーマに開催する。

実践そのものが示されなくなっているが、実践そのものこそデータの源泉。しかし、源泉を並べるだけでは研究ではない。意識的問いかけと切断が必要。そこに報告者の三人がそれぞれにアプローチすると面白いんじゃないかという着想。

以下は、案内のHPからのコピペ。

 

日本教育方法学会第21回研究集会

教育実践研究におけるデータとは何か
−データの収集と考察の現在−

教育方法学にとって、授業実践や教育実践という総合的営みのどこに焦点を合わせて、いかなるデータをとるかは研究の成否を分ける基本問題です。臨床的な研究にとって、研究課題の設定とそれにふさわしい実践データの収集と分析は、基礎的作業です。地道な作業ですが、この分野にも理論研究からの影響であったり、データ収集の新たなアプローチが試みられたりするようになってきております。
そこで、意欲的に研究データの開発とアプローチの革新を試みている会員に報告をお願いし、それぞれのアプローチを交流・検討することを通じて、教育方法学研究の新たな前進や実践の従来の見方の革新につながることを期待してこの研究集会を企画いたしました。このことを通じてベテランにとっても若手にとっても研究データを取り扱う作法を振り返る契機にしたいと考えました。多くの会員の参加を期待いたしております。

 

日時:2018年6月10日(日)13:30〜16:30(受付:13:00〜)

場所:大阪教育大学天王寺キャンパス 西館1階第一講義室

司会者:池野範男(日本体育大学) 西岡加名恵(京都大学)

提案者:
坂本將暢(名古屋大学)
「工学的アプローチによる教育実践データの分析と意義」
中坪史典(広島大学)
「映像や写真を介して教師(保育者)の多声的な語りを収集する:文化を反映する教育(保育)実践を描き出す試み」
八田幸恵(大阪教育大学)
「生徒のノート・作品・成果物を公刊し授業研究への多様な人々の参加を促す:教室における目標と評価の豊穣化のために」

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 06:41 | comments(0) | - |
学内投票所

勤務先に期日前投票所が設置されていた。昨日と今日の二日間だけ設置されるらしい。

 

18歳選挙権に制度変更された頃からいくつかの大学が設置しはじめた。

勤務先の学生の関心は今ひとつのようだ。

市長選と市議補選だから、春日井に住民票がないと投票権がない。市外の学生の方が多い所為もあろう。

つまらない道徳用読み物教材を取り上げているより、候補者に意見を聞いたり、質問を出す話し合いをする方がずっといいだろうと思う。

 

ところで、近所で投票できてよい制度だという見方もあるが、保守化した学生の票を集めたい制度だという意見もあるようだ。私は、悪くはないと思う。

 

それよりも選挙をやっているんだかやっていないだかわからない選挙運動の規制を廃止した方がよいだろう。宣伝や戸別訪問に規制をかけ過ぎで、宣伝カーの姿形を見たことがない。これでは投票に行こうという気にならない。

 

大学の地下はリニア新幹線が通るらしいのに何の反応も聞かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 暮らし | 06:44 | comments(0) | - |
面接対策資料の不適格

教採の面接予想問題の資料が落ちていた。どっちかの会社が作成したものらしい。

 

Q「教員の多忙化が問題になっています。どのように取り組みますか。」

話題がすぐに取り上げられるんだなと思って眺めて、がっかりした。

 

面接展開例が示され、現状の問題点がいくつか示された後の対策がひどかった。

対策1は教員個人としてパソコンの活用で事務と教材研究の効率化だと。

アホな!

パソコンで事務は楽にならないことがわかってる。パソコンで教材研究など済むはずがない。たかがしれてる。教材研究を馬鹿にしているのだろうか。

対策2は学校全体としての取り組みとして、会議の精選、校内支援システムの構築、部活の休養日、ノー残業デーだと。

校内支援システムはおそらく文科のプロジェクト報告書にあるボランティア依存を指している。制度上必要な仕事をボランティア依存するという文科報告書もひどいが、無批判にそれをとってきている。誰がそれを担うのか。また、仕事減らさずにノー残業デーをすると、教員の負担は一層重くなることがわかってる。この原稿を書いた人は調べたのか?

これらの対策にそもそも欠けてるのが、人を増やす話し。資料のどこにも出てこない。文科省だって負担軽減として小学校英語用に1000人増員の方針が書いてあるというのに。調べてないか、忖度した回答作成だろう。

 

その後、回答のポイントは以下のようにあった。

1.教員の長時間労働を防ぎ、適正な業務量を確保する。

2.教員の心身の健康を保持し、子どもの教育に当たる云々

3.部活指導員制度の導入やノー残業デーの設定など学校全体で負担軽減に努める云々

心身の健康の維持などと出てくるが、維持ができるような残業なしをどう作るかだというのに、話を元に戻してどうする?!

 

学生に問う問題だろうか?

問う側が先に答えて見なよ!という感じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 06:28 | comments(0) | - |
お城の真偽

日曜で入場ができなくなったお城型ビルに連休の唯一の休み日とした日に行ってみた。

10年くらい前?に一度入った記憶がある。

木造復元による建て替えのため、入場禁止と説明書き。しかし、惜しいという感覚が全くない。外観同様にレプリカが目立つ展示に、さほど高くもない天守閣ビルで感慨のようなものが湧きにくい。
そこで市長は観光用に木造ということだろうが、それもまた意図が観光用なので「史実に即して復元」と言ってみたところで、本気度は底が透ける。木造で再建されてもどうだろう?
名古屋城の天守閣は、焼けてビル型で「再建」されたことになっている。
場内にエレベータを設置するかで市長と障害者団体が対立と報じられている。意図が観光用で、史実と言っても耐震補強などするわけだろうから、エレベータは設置したらいい。
「再建」というものの、当時の形かどうか怪しいものは多い。東岡崎駅側の城なども完全に偽であって、それっぽくしただけだと歴史学専攻の方が嘆いていた。
名古屋城も木造で立て替えと強引に議会を通過しているが、プラスの資産ではなくて負債になる可能性も。
名古屋城の石垣の所に防空壕の跡があって、案内されたことがある。内堀と外堀の間に戦争犯罪の軍隊の大将の碑があったり、城の北側は練兵場となっていた時代があったり、お城の堀を電車が走っていた(今は地下を通る名鉄瀬戸線)所が戦後は自殺の多い場所だったと管理人が教えてくれた。そうしたことの方が印象深い。
連休唯一のお散歩。
今話しは、基本、文化財を見るための城ではなくなっている。

 

| 暮らし | 06:05 | comments(0) | - |
ふり返りと期待

今年の薔薇。

去年の写真と比較したが違いを見つけられない。

去年との違いは、去年と比較している自分が去年はいなかった。

 

映画の定番に人生を振り返るタイプのものがある。今朝も『ニューヨークー眺めのいい部屋売ります』がプログラムにあった。長い年月の暮らしがあって振り返ることは悪くない。

 

他方にこれから人生が始まることを謳う映画も多い。楽天的だったり悲観的だったり、無知だったり無垢だったり。20世紀半ば過ぎまでの映画は始まりを謳う作品に印象的なものが多い。例えば『ローマの休日』は1953年。

 

ここ30年はふり返りが日常も含めて多すぎる時代となった。日々振り返る習慣がシステム化されている。某SNSにはふり返り機能がついている。日記をつける習慣がいつから庶民に普及したのか知らないが、読み書きの普及以後と考えれば近代だろうが、記録としての日記程度にでよいのかもしれない。多くの人は三日坊主だ。

そう言えば、日記は改竄するものでもあった。

 

以上は、ほんとは教育批評なのだが、そう読めただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 暮らし | 07:23 | comments(0) | - |
ひらめく

欧米の社会科学分野の研究者が登場して、ちょうど「自由な競争が公正に行われているというのは間違いだ。実際は、それが政治と結びつき、グローバル企業による市場の均質な支配を生むだけだ」と語っていた。どうも番組の宣伝らしかった。事例としてハイブリッド車の規格の統一などがあげられていた。

 

自由競争とは市場の均質化と政治の排除(この場合は市民的統治の排除)だという主張は、どこかで読んだ記憶があるが、通過させていた。だがこの時、教育労働のスタンダード化という問題と私の中で関連づけが行われた。

新自由主義による均質化の論理が、教育の世界ではスタンダード化として表れ、教育労働の均質化、すなわち画一化をもたらし、教育労働に一方では際限のない細かなマニュアル作りを進行させ、他方で画一化された処方への不適合と不満があふれるということだと。

 

そういうつながりが見えた気がする。その瞬間は上記のような言語化がすべてなされたわけではない。しかしそういうことだろうなという方向のつながりができたように思う。

こういうことを「ひらめき」というのだろうと思う。

この時はじめて思ったかどうかはわからないが、関連づけられていなかったものを関連づけた認識の形成だ。

これがあの世界の人たちが言っていた苦手な分野のことだろうか。

それとも電気スパイクの多様性ということだろうか。(ナトリウムイオンとカリウムイオンのチャンネルの機序)

 

ともかく、このひらめきが、パワーポイントの資料づくりのどこかに位置付いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:28 | comments(0) | - |
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