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秋の日の選択

研究室の窓からおおむね東の方向、夕日が構内の紅葉を照らす。

 

『教育』1月号の原稿を送信した。

「送稿したので本の原稿に」とはすぐに切り替えられなくて、論文査読、続いて不要書類を廃棄して、来週の講義のための実践記録の分析メモを作成して、会議。

どれも仕事なのだが、昨日は自分の時間ではないと思いながら時の経つのを待った感じだ。これも原稿が一つ終わった直後の気分の所為だろう。

後いくつ書いてみたいことが浮上してくるだろう、とこんな時は思う。

 

話は変わって、出かけた学校に「スタンダード」があるというので少し前に見せてもらった。一覧をみると、その多くがかつて「校則」とか「よい子の一日」と呼ばれる内容とほとんど同じだった。

「なんだ。スタンダード化が摩耗すると「校則化」するんだ」と思った。念のため他の学校もいくつか調べてみた。消費されて摩耗される一つの方向として間違いなさそうだ。

 

また、話が変わって、谷川浩司九段が「指した手が最善手」という将棋界の言葉を新聞記事のコメントに語っていた。

結果が何でも、どんなんでも一番よいという意味では全くないらしい。

よかったと心から思えるようにする、ということらしい。厳しい一言で「なるほど」と思った。

それは、できる人とできない人とがいる。できる側の人になるのかどうかと問いかけているコメントであった。

当該の学校の校長・副校長は知己の方々だが、そういう選択のもう一方の側となっているわけだ。一人のことではなく、すべての高校生たちに同じことを当てはめて考えると、学び甲斐のある時間を生み出すのは大変だ。敷衍して考える。

 

「校則化」は最善手だろうか?できる人の手だろうか、それともできない人の手だろうか?

 

 

 

 

 

 


 

| 暮らし | 07:23 | comments(0) | - |
長い有効期限

ちょっと前に作ってもらった前の職場の図書館利用者カード。

注目は、その有効期限。

実に長い。

32年後の2049年12月31日まである。

こんなに長い有効期限のカードは初めてだ。

生きているのがかなり絶望的に困難だ。

 

有効期限が来る前に、10年足らずで入館するときの読み取り機が更新され、方式も変わっているだろう。当然システムが変わるから、入館証が再発行なんてことになっていることだろう。

 

図書館のフロアに模擬授業室設置した愚も、補修されて図書館らしさを取り戻していることだろう。

 

ユネスコの公共図書館宣言1994年の冒頭を以下に引用しておく。

UNESCO Public Library Manifesto1994
1994年11月採択

社会と個人の自由、繁栄および発展は人間にとっての基本的価値である。このことは、十分に情報を得ている市民が、その民主的権利を行使し、社会において積極的な役割を果たす能力によって、はじめて達成される。建設的に参加して民主主義を発展させることは、十分な教育が受けられ、知識、思想、文化および情報に自由かつ無制限に接し得ることにかかっている。
地域において知識を得る窓口である公共図書館は、個人および社会集団の生涯学習、独自の意思決定および文化的発展のための基本的条件を提供する。
この宣言は、公共図書館が教育、文化、情報の活力であり、男女の心の中に平和と精神的な幸福を育成するための必須の機関である、というユネスコの信念を表明するものである。

・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 暮らし | 07:03 | comments(0) | - |
和光中高の教研

和光中学・高校の教研のご案内。

私は入試業務で参加できないけれど行ってみたかった。

詳細は、和光中・高のHPでご確認ください。

http://www.wako.ed.jp/

11月19日(日)8;40〜16:00

鶴川駅からバス。
 

| 暮らし | 06:53 | comments(0) | - |
教育効果の高い学校を都合良く解釈してみた

新教育課程説明会の資料に、「教育効果の高い学校での取組み」という項目があり、データが並べられている。

その数字を私の恣意で解釈してみた。

あくまで恣意的解釈だという自覚の元の言明で遊び半分、半分は本気と受け取ってもらわないと困る。

 

まず、全国学テの結果を活用した学校かどうか。

小学校 国語A
教育効果の高い学校 教育効果の低い学校
よく行った
40.0%       20.0%
どちらかといえば 行った
56.7%       63.3%
あまり行っていな い
3.3%        16.7%

全国学テの練習をたくさんすると、平均点が上がるらしい。テスト対策禁止と言っていたはずだが。

 

習熟度別の取り組み方

小学校 算数A
教育効果の高い学校 教育効果の低い学校
1学級を2つ以上の学習集団に分 けた
66.7%       36.7%
複数の学級から、学級とは別の2つ以上の学習集団に分けた
20.0%       13.3%

能力別編成がダメで、少人数を実施していないところは点が低いなら、学級の人数を少なくしろということだろ。

 

教師が学校外で研修をよく行っているかどうか

中学校 国語A
教育効果の高い学校 教育効果の低い学校
よくしている

43.3%                   3.3%
どちらかといえば している
50.0%                   80.0%

研修に外に出られる体制がある。でられないほど忙しい学校はだめということだから、ここでも人の数が多くないと得点が低いとなる。


教師の人数を増やせという結論だけはでる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:29 | comments(0) | - |
研究と非研究

研究入門者への手ほどきをどうするかが各学会とも話題となっている。

後継者養成ということもあるが、それだけではなくて、研究水準の維持向上をどうはかるかを組織的に考えなければならないという状況があると考えられているからである。少子化の中で優秀な研究者の確保ということもあるし、研究者へのルートの多様化もあって、この課題を意識させることになっている。

 

かなり多くの学会が若手支援の委員会のようなものを組織し始めている。様々な取り組みが始まっているのだが、その一つに研究論文の書き方がある。

そもそも研究とは何か、という問いと作法が学会レベルで取り組まれる必要がありそうなのだ。

 

研究には存在の発見と発明とがある。二つは全く異なるが、そういうことは考えたことがないままの入門者もかなりいるようなのだ。重力波の観測は存在の発見、観測方法は発明。教育研究にも両方ある。とりわけ教育方法学には両方ある。しかし、例えば、「ただ工夫しました」、「実践しました」では研究にはならない。

研究とはかならず現状の批判だが、何の批判もない現状の反復に終わっているものが多数ある。

普遍妥当的なこと、「雨の日は天気が悪い」のような文章がかなりある。研究は、先行研究への批判がなければならない。先行研究とは違う自分の発見や発明がどこかになければならない。

ひどく当たり前のことなのだが、これがないものが学校内研究にはやたらと多い。

主張も主張と言えるためには、意味のある主張なければならない。「がんばる精神が重要」のような単なる気持ちのようなものは研究的な意味の主張ではない。
先日の会議では、引用論文の書き方のようなことから始める必要も語られた。私の場合は、最初に論文のようなものを書くときはマネから覚えた。また、学会によって表記順に違いがあること、それらに名付けがあることなどは研究生活に入って少し経ってからだった。
そして一番の問題は、どんなテーマを選ぶかだ。そんな今だけのテーマを選んではゴミが出るだけとなる可能性が高い。他方で、いつまで経っても結果が出ないテーマもある。ここは本当に難しい。
しかし、ここも現状批判の的確さが決めるように思う。
| 暮らし | 05:03 | comments(0) | - |
課題を考えながら

明日は、「新学習指導要領にどう向きあうか」という教育方法学会の公開シンポがある。だから、その席で何を考えたらいいだろうかと考える。

科研の申請をしておかねばならないらしいので、申請書のテーマを途中まで記していた。課題を設定しないといけない。
カリキュラム学会の課題研究などの課題設定をとりまとめる業務があって、これまた課題案を考える業務を行っていた。
さらに、来週に迫った原稿締め切りの中身を考えていた。これも、新学習指導要領に関連するテーマでこれまた何を考えるといいかを考えて、一行書いては「どうかな」と止まる。
どうもこのところ、何を考えるべきかを考える業務が続く。
これは正解がない。読むべき資料は探そうとすると膨大に出てくる。
何が言いたいのかはっきりしない文章にであうと、「なんだこれ!」と思うものもある。
何を言いたいのかがわかりやすすぎるものを見るのは、「つまらん!」面白くないと強く思う。
そこで、大局的に眺めるには、もう一度、元資料を目の前におくことか。

 

 

| 暮らし | 09:10 | comments(0) | - |
感じ悪い中継

夕方のノーベル化学賞の発表の瞬間のテレビを見て、「あらま、お気の毒」と思った。

 

昼間にテレビの中継車が学内に停まっていたので、なんかあるんだと横を通り過ぎたが、理由がわかった。

候補に挙がってくる人が勤務先にいると聞いたことがそういえばあった。

 

しかし、中継は、別の3人だったので「がっかり」という声と雰囲気と撤収の行動が放映されて、「あらま、勝手にやってきて、そりゃないな」という印象を受けた。受賞じゃないとわかると、受賞を残念がるよりもその瞬間を撮れなかった残念感だけが映ったように見えた。

失礼な感じが際立っていた。

 

研究費の少なさが目立つ中で、順次国内に残った人の受賞者は減っていくだろうという予測がある。本多勝一のいう「貧困なる精神」は一部で増大するだろう。

 

これを反転させる道は、どこにある?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:17 | comments(0) | - |
腑に落ちない

「ALを手法とするからダメ」

ALは学習者の状態だという主張は、その通りだ。

だから、「問いかけていく」という主張は、それはそうだが、腑に落ちない。研究としての新しさがない。(あるかもしれないがそこを打ち出せていない、という方がいいかもしれない。)

 

「教育に生きがいを見いだしている校長は、長時間労働を苦にしない。」「その理念が正常な感覚の若い教師を追い込んでいく。」というデータ分析は、ある種の校長タイプにぴったり当てはまる。この点では可能性を持っていると思う。このタイプの校長を反省的なリーダーシップのない典型的にダメな校長とした発表は、新奇性と現状を批判的に捉える研究といえると思った。だが、これもどこか腑に落ちない。

自分の信念に応じて教員に向きあってしまうマネジメントしかできない校長と批判していたわけだが、対する本来のリーダーシップをどう考えるか。リーダーシップという言葉が、今はとりわけ無限定に使用され理解されている。「強引」「一方的」「人の話を聞かない」と(それらを隠したとしても)同義に捉えられている。つまり、独裁と同じ意味に使われている。「変革のリーダーシップ」といっても、独裁的に引っ張っていくこととどう違うのかそこが欠けていて、腑に落ちなかった。「変革的」というだけでは方向が見えない。

他方で、リーダーシップの中身を行動的事項として描き出そうという動向があるのだが、それをするとひどく画一化する。画一化が独裁と結託すると、事態は滑稽や陰鬱の現場となってしまう。こうした点への示唆が見えなかったことが腑に落ちない理由であったと思う。うまくいけば旧い横暴な管理職批判として一定の位置を持つことになろう。

 

政界の右派(小池・安倍ら)のリーダーの位置にいるらしい人たちは、卑屈と虚偽をまとった独裁者。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:04 | comments(0) | - |
紀要・報告集重い

教師教育学会の理事会で受け取った年報26号。

3冊の報告集。

左上が「教師教育学の独自性と方法論研究」、若手教師への調査を中心に編集されている。このデータは教師論の講義に使えるかもしれない。

左下が、「教師教育研究の国際化と比較研究の課題」、教師の専門性の各国のとらえ方が検討されているらしい。

右上が、「震災・学校危機の教訓から学ぶ」、地震災害に向かい合う学校と教師。

以上は、この学会の課題研究のまとめ。

結構重い。

 

右下が年報という名前の学会紀要。

特集が「指標化」「基準化」の動向と課題、この特集の一つとして「教育委員会による教員指標の『スタンダード化』の問題」という論文を書いた。春段階の全国の動向を紹介したもの。その後も教員指標は作られ続けている。愛知県も案が夏前に示された。

 

教員評価による統制の側面が前面に出て、よい結果をもたらしそうもない。作成した側としては防衛的意識が強いかもしれないが、内向き。

 

私の論文は、非会員の方は10月下旬になれば、抜き刷りをお会いした方には差し上げます。

郵送は面倒なのでしませんが、どこかでお会いする方はその前にメールをください。残部がある限り、お渡しします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 暮らし | 07:05 | comments(0) | - |
教育方法学会公開シンポの案内

日本教育方法学会第53回大会の公開シンポの案内です。

私がコーディネーターの一人なのでCMです。

 

期日: 2017年10月7日(土)15時50分〜18時20分
場所: 千葉大学(西千葉キャンパス)教育学部2101教室
参加費:シンポだけなら無料(他の課題研究などに参加すると4000円)
 

シンポジウム:テーマ
学習指導要領にどう向き合うか ―その批判的検討―

企画趣旨
昨年末の中教審答申を受けて3月に新学習指導要領が告示されました。教科の新設があり、科目構成にも変化があったほか、従来の目標と内容を中心とした記述から「資質・能力」を含んだ記述に大きく変わりました。さらに学び方に関する記述も増大しました。学校ではそれらの先取り的取り組みも始まっています。
そこで、今回の学習指導要領の特質を国や産業界の動向の中に位置づけて求められている能力・人間像を読み解くとともに、教科教育学的な視野からの検討を交差させ、教育方法学研究と教育実践の課題を探りたいと考えます。

 

司会
遠藤貴広(福井大学)
子安 潤(中部大学)

 

シンポジスト
梅原利夫(和光大学)縛りの体制から解き放たれ創造的実践研究の道へ
大田邦郎(千葉大学)踊りまわる活動主義と暗記主義の合体
本田由紀(東京大学)「資質・能力」が意味するもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 06:28 | comments(0) | - |
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