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カリマネはミドルのプログラムがお好き

講義の資料探しをしていると、北海道から沖縄までの大学が教師向けに提供している研修プログラムの一覧がヒットした。

百数十あるプログラムの中で、一番多いのがカリマネ用のミドル・スクール・リーダーと呼ばれる中間管理職向けのもの。問題の発見から、関連する教師たちと対策をどのようにつくり出していくのか、その組織論・活動論が提供されているらしい。

 

カリマネは、ホントは学校長向けがもっとあっていい気がするが、それほど多くない。

一般教員向けもこれまたさほど多くない。

 

これはなぜか。

人を集めるのに、校長では数が集まらないという理由はあるだろう。ならば、一般教員向けがもっとあっていい気がするが、カリマネに関してはミドル対象が多い。カリマネを推進している霞三丁目志向にミドルを取り上げたものが多いという理由はいくらかあるだろうと思う。

それらの理由の他に、私は、カリマネの嘘っぽさが影響している気がする。

カリマネによる改善策は、学校の中期目標を超えられない。つまらない学校目標を撤回するという改善策はほぼ登場しない構造だ。

そのために、学校全体のレベルでのカリマネには小手先の改善策となる可能性があるために、一般教員の側やミドルの側に虚しさが漂う。

その点、ミドルが中心になって取り組む個別課題は、本当は中期目標の枠内だが、直接にはそれが意識されない。当面の課題への対応となる。そのために、意味をいくらか見いだすことができるためではないか。そう推量した。

カリマネの欠陥の一時的回避という要因があるという推定である。

 

本当は、意義と意味を感じたがっている証拠ではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 社会 | 06:11 | comments(1) | - |
二段階悪化の法則

新学習指導要領の公式解説書が小学校は全部、中学校は半分ちょっと公開された。

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1384661.htm

 

日経が報じるように、学習指導要領よりも解説書はさらに内容を悪化させている。

「文部科学省は21日、2020年度以降に小中学校で実施される新学習指導要領について、教科書作成や指導の指針となる解説書を公表した。中学社会で憲法改正の手続きに触れるよう求めたほか、小学社会では自衛隊の役割について指導要領より踏み込んだ記述となった。」

憲法改正手続きに触れるより、憲法99条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」の意味が記されるべきだろうに。

 

具体化されるといっそう悪化するのは、昔からだ。

いろいろ批判はあるとしても、多様な読みが可能な学習指導要領を、これらの解説書が悪い方へ導く。これが第一段階。

次に、ほとんどの教科書がさらに悪い内容記述になる。これが第二段階。

 

この二段階を多くの場合経る。これを「二段階悪化の法則」と私は呼ぶ。

それぞれのステップで悪化を食い止める努力が全くなされないわけではないが、全体としては悪化してきた。悪化の程度もそれぞれの時期で異なる。

 

この悪化を実践のレベルで食い止め、押し返す試みもある。次のステップはどちらの方向をむくのか。

三段階悪化の法則にしたい向きもあるようだが、実践は書き言葉のように定めることはできない。自由と反乱のタクトが振られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 社会 | 06:23 | comments(1) | - |
大阪二つのスタンダードの間

大阪府の教育には二つのスタンダードがある。

 

一つは、「大阪の授業STANDARD」(2012年)である。

もう一つは、「OSAKA教職スタンダード」(2015年)である。

 

授業スタンダードの論調の方がいくらかソフトな表現となっている。なにより、小見出しをスタンダードと考え、その後の文章を実例の解説と考えれば、頷けないことはない文が続く。

 

他方、OSAKA教職スタンダードは感じが悪い。

学校力という訳の分からない力が策定されていて、教師はその僕だ。

二つともリンクを張っておいたので、見比べるといい。

とは言ってもみてもらえないかもしれないので、感じ悪い方の一部をアップしておく。

字が細かいので一部にカットしたがそれでも細かいので、リンク先に行っていただきたい。

なぜ、こんなに感じ悪くなったんだろう。

 

| 社会 | 07:20 | comments(0) | - |
奇妙な指標

仕事の都合で見つけたデータ。

 

「学校は楽しいと感じる児童生徒の割合」小92.8%,中89.1%,高88.1%,特94.2%が5年前で、この向上が目標だという。

「10代の人工妊娠中絶実施率」0.98%でその減少が目標で、0.84%になったとある。

「教科の学習が好き分かる児童の割合(小3)」で、好きが75.9%、分かるが82.4%が現状で、これを向上が目標だという。

 

楽しいと感じてもらえたら良いけれど、数値に変換してその数字を挙げることを目標にする必要がない。何が理由で楽しいのかわからないものは対策のとりようがない。好き嫌いは個々の子どもの自由だ。目標に掲げられては嫌いと言いにくい空気が流れる。

同様に、教科の学習の好きや分かるも同じだ。ホントに分かったかどうかではなく、本人の意識もしくは自己評価の数値であって、本当にそうかどうか分からない。そんなものを目標に掲げる意義はない。

中絶実施率にいたっては弊害が予想される。中絶をさせない一部の原理主義者の見地に立っているようにも読めるなど問題が多い。

 

学校評価が始まって、何でもかんでも評価項目に挙げる誤りは目に余る。

 

 

 

 

 

 

 

| 社会 | 07:30 | comments(0) | - |
道徳教育を受けるべきは

文科省が「道徳教育アーカイブ」を設置した。

その中に、実践事例が並べられている。

https://doutoku.mext.go.jp/html/about.html

 

その一つに「期末テスト」というお話しを使った事例が紹介されている。期末テストでカンニングをする友達を見て、主人公は先生に言うべきか悩むというものである。授業は、主人公はどうすべきかを話し合う。最後に「友情は大事なものだけど、相手の成長を考える場合は、時につらいことでも勇気をもって言わなければならない。」と終わる。

 

考えると言うほどあれこれ案は出てこない事例だが、今、これに当てはまりそうなのは文科相そのものだ。資料によれば、ねらいは「友情を大切にしながらも、ルールを守ることができる判断力を養うこと」だそうだ。安倍のずるをかばうより、社会的なルールを守るという判断力が必要なのは、文科相自身だ。文科省職員は言い始めている。勇気を持って言わなければならないのは、繰り返すが安倍と文科大臣ならびにその周辺だろう。

それができずに「道徳教育」の推進はできないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 社会 | 00:16 | comments(0) | - |
織り込まれる和

NHKの幼児番組に、ことわざや和楽器が織り込まれていることがある。

私には幼児が使いそうもないことわざであったり、見ることもなさそうな楽器のためなんとも不自然に見える。

これも政権の意向としか見えない。

 

何とも不幸な社会状況となっている。

 

国連から報道の自由が危惧されるのも妥当性があるというものだ。

話題が逸れるが、学校認可を巡る政権の対応こそPDCAサイクルがすべてつながっていない。いや、そもそもPDCAサイクルとはそういうものなのかもしれない。整合的に見せながら、実態はどれも見せかけることに時間と労力を費やさす仕組みというべきかもしれない。

確実なのは、下層から見ると上層はPDCAから免れてしまう最悪の仕組みと言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 社会 | 07:10 | comments(0) | - |
教職課程コアカリ案の検討会

職に係わって関心を持たざるを得ない問題。

 

「緊急シンポ 教職課程コアカリキュラム案のどこが問題か? パブコメ提出に向けた論点整理のために」

が開催される。水曜なので参加できないけれど、案内ぐらいはしておきたい。

以下は主催者の案内文。一部カットしてある。

 

主催:上智大学 課程センター

2017年6月14日(水)18:45-20:45
場所: 上智大学 四谷キャンパス 2号館3階 2-309教室

※ 会場となる教室は18:30まで授業で使用中のため、それまで入場していただくことができません。早く到着された方は、2号館5階の学生食堂などをご利用の上お待ち下さい。

 

【開催趣旨】
周知のように、教職課程で共通的に身につけるべき最低限の学修内容(コア)について検討してきた文科省の「教職課程コアカリキュラムの在り方に関する検討会」(及び、その中に設けられた「教職課程の目標設定に関するワーキンググループ」)が、その案をとりまとめ、5月27日に同省初等中等教育局教職員課によってパブリックコメントの募集が開始された。
このパブコメ募集にあたって、同課は、“平成27 年の中央教育審議会答申「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について」において「大学が教職課程を編成するにあたり参考とする指針を関係者が共同で作成することで、教員養成の全国的な水準の確保を行っていくことが必要である」と提言されていることを踏まえ”、教職課程コアカリキュラムに関する検討が進められ、その案が取りまとめられた旨を記している。だが、この案は、今後の日本における教員養成や大学教育を考える上で、看過することができない問題を数多く抱えている。
そこで6月25日に迫るパブコメ募集の締切を見据えて、緊急シンポジウムを開催し、この案が持つ問題点に関する認識を深め、全国の教職課程担当教員がパブコメを提出する際の有意義な参考資料として役に立つような論点整理を目指すこととした。
登壇者には、上記ワーキンググループ委員として案の策定に携わってきた酒井朗氏、昨今の教育政策や教育改革動向に関して積極的に提言を重ねてきた日本教育学会会長の広田照幸氏、さらに、国立教員養成系大学や私立大学の教職大学院で教員養成に長く携わり、教員養成改革が孕む諸問題を鋭く指摘してきた油布佐和子氏、以上の3名を迎えて、パブコメに向けた論点整理に資する活発な議論を目指したい。
なお、このサイトに後日、緊急シンポで整理されたパブコメ提出のための主要論点を掲載する予定である。

 

【発表タイトル及び登壇者プロフィール】
教員養成像の貧困―教職課程コアカリキュラム案を読む―

  広田 照幸(日本大学文理学部教授、日本教育学会会長)

教職課程コアカリキュラム作成の経緯について
  酒井 朗(上智大学総合人間科学部教育学科教授、中央教育審議会教員養成部会臨時委員、教職課程の目標設定に関するワーキンググループ委員(第1ワーキンググループ副主査)

教職課程コアカリキュラム―日常的な統制という問題―

  油布 佐和子(早稲田大学教育・総合科学学術院大学院教職研究科教授)

 

コーディネーター:澤田 稔(上智大学 課程センター長、総合人間科学部 教授)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 社会 | 07:08 | comments(0) | - |
言語明瞭不明瞭

偶然、ついでに見つけた京都市教育委員会の資料。

私の関心事じゃないのだけれど、構えが分かるなあと言う事例。

 

今年の4月に公表された資料「京都市立小学校運動部活動等ガイドライン」

http://www.city.kyoto.lg.jp/kyoiku/cmsfiles/contents/0000203/203422/29syougaidorain.pdf

小学校の版は以下のよう。

「1.指導に当たって
(3)部活動指導は,勝利至上主義に陥ることなく,適正な教育活動として意義あるものとすること。また部活動に偏重することなく,学力向上の取組や家庭生活との両立を考え,バランスのとれた,一人一人の児童の健康の維持増進に資する活動になっているかという観点から点検・評価を行い,常に必要な改善・見直しに積極的に取り組む こと。
(4)熱中症やけが等を未然に防ぐため,児童の発育・発達の個人差や適性,体調などを考えて部活動の内容を計画し,指導するとともに,活動を通して健康観察を行い,休憩や水分補給などの時間を積極的に設けること。
(5)体罰,暴言はいかなる理由においても認められない。
2.活動日
(1)部活動は,児童一人につき週3日までとすること。(登校時間後の朝練習や土日などの休日も含む。)
(2)常態化した休日の部活動は行わないこと。(ただし,全市記録会,全市交流会,支部交流会,近隣校との練習試合は除く。)
(3)長期休業期間中も,上記(1)(2)を踏まえるとともに,学校閉鎖日はもとより,まとまった休養日を設けること。
3.活動時間
(1)1日の活動時間は,児童一人につき1時間半程度を上限とすること。 (2)児童の下校時の安全や負担等を考え,活動は夕方5時までに終了すること。 (3)季節等を考え,冬季の終了時刻を早めるなどの工夫を行うこと。 (4)登校時間前の朝練習は行わないこと。」

とまあ抜け道がないわけではないが、ガイドラインが見えやすい。

 

だが、中学校版は、延々と記した割に、小学校版のような活動日や活動時間の記述がない。

「京都市立中学校運動部活動等ガイドライン」

http://www.city.kyoto.lg.jp/kyoiku/cmsfiles/contents/0000214/214490/chugakko.pdf

以下の目次を見ると分かるように、小学校版のような活動日あるいは活動時間という項目がそもそもない。

「1 はじめに
(1)本ガイドラインについて .....................................1 (2)運動部活動の意義と位置づけ .................................1
2 運動部活動の指導上の留意点
(1)指導体制の確立 .............................................2
  ア 体制づくり
  イ 部活動運営の役割内容
  ウ 運営経費について
  エ 複数顧問体制の活用
  オ 部活動支援のための制度
(2)望ましい指導の在り方 .......................................4 ア 事故防止の徹底
イ 計画的な活動スケジュールの設定
ウ 自主的,自発的な部活動運営
  エ 好ましい人間関係の育成
  オ 体罰等の禁止
  カ 科学的・合理的な練習方法の工夫
(3)その他の留意事項 ...........................................8 ア 小中連携,中高連携の取組
イ 校外活動
ウ 競技団体が主催する大会などへの参加
◎資料編」

 

どうしたって比べるわけで、中学校のガイドラインの取り組み姿勢が分かる。

はっきり言えば、現在のやり過ぎを是正する気がないことがわかる。

 

 

 

 

 

 

 

| 社会 | 07:41 | comments(0) | - |
総合より大事な外国語

今、「学校教育法施行規則の一部を改正する省令」のパブコメが実施されている。

来年度から2年間について、外国語活動を小学3年生から始めるに当たって、総合学習の時間を年間15時間減らしてよいとする規則を作るものである。両方を実施すると教師の負担がさらに増大するためという理由が表にある。

だが、誰もそれだけだとは受け取らない。

 

まず、外国語活動の方が重要で、総合学習の方が重要でないという判断なのだな、と受け取る。

 

もう一つ。総授業時数はそもそも標準なのだから、違ってもいい。その意味ではわざわざこんなこと規則改正しなくてもいいのにそうするのは、標準を理解できない人がいて負担だけ強要する地方教育行政担当者や学校管理者がいることを慮ってのことだろう、という点。

 

さらにもう一つ。標準とはそれ以外ない法定基準の位置にあるということと、画一的統制が学校を支配しているということ。

 

以下は、その変更部分。

「平成三十年四月一日から平成三十二年三月三十一日までの間、小学校の各学年における外国語活動の授業時数及び総授業時数は、学校教育法施行規則別表第一の規定にかかわらず、附則別表第一に定める外国語活動の授業時数及び総授業時数を標準とする。ただし、同表に定める外国語活動の授業時数の授業の実施のために特に必要がある場合には、総合的な学習の時間の授業時数及び総授業時数から十五を超えない範囲内の授業時数を減じることができることとする。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 社会 | 06:32 | comments(0) | - |
教育勅語の取り扱いに関する提言を公表

カリキュラム学会と教育方法学会有志による「学校教育における教育勅語の取り扱いに関する提言」を公表いたしました。

下記のアドレスですので是非お読みいただければと思います。

https://curricularistssoli.wixsite.com/anti-kyoikuchokugo

 

私たちがこの提言を作成したのは、提言の鏡の部分のような事態があり、なし崩しに教育勅語が利用される事態が発生すると考えたからです。

 

すなわち、4 月 21 日に二名が、申入書を持参して、文部科学省初等中等教育局教育課程課の担当者に面会し、文部科学省の立場や考え方の詳細を確認しました。担当者は、政府が答弁している立場を繰り返しました。

「第1に、教育勅語を教育の唯一の根本とするような指導は禁じられているが、日本国憲法や 教育基本法等に反しない限り、学校教育において教育勅語を使用することに問題ない」

ここは問題な答弁です。唯一でなければ良いと読めてしまいます。

 

「第2に、不適切な使用があった場合は、設置者や各都道府県教育委員会が対応する問題であり、文部科学省はその使用の是非をあらかじめ判断する立場にはない」ここも問題です。

教育史学会等の声明でも指摘されているとおり、反教育勅語でなければならない点からの対応が国会決議等の決定ですが、その点が明確でありません。

 

こうした問題点を指摘し、次の二点を提言しています。

第1に、昭和 23 年の上記国会決議は、教育勅語が日本国憲法の根本理念とは相容れないからこそ採 択されたと考えられる以上、政府は、学校教育において教育勅語が用いられる場合には、日本国憲法の 根本理念や同国会決議の趣旨に反しないよう慎重を期する必要があることをより明確に示すべきであ る。
第2に、政府は、自らの答弁において「我が国の教育の唯一の根本とするような指導は不適切である」 という文言ではなく、「教育に関する勅語を、全体として道徳的に肯定的な価値を有するものとするよう な指導を行うことは不適切である」といった表現を用いるべきである。

 

全体をお読みいただければ幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 社会 | 06:55 | comments(2) | - |
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