CALENDAR
S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< October 2018 >>
                                 
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
教室で教えるということ
教室で教えるということ (JUGEMレビュー »)
岩垣 攝,子安 潤,久田 敏彦
RECOMMEND
ARCHIVES
CATEGORIES
                
<< 引用方式 | main | 食育のウソとホント >>
国語の授業265号

児童言語研究会編の『国語の授業』265号子どもの未来社が送られてきていました。

ここに私の論文「新学習指導要領の21世紀枠を破る」が掲載されています。4月の東大農学部での研究会の時に原稿を依頼されたもの。

児言研は学生の頃に『一読総合法入門』を読んだのが最初で、「一読なんだ!」と思ったわけですが、実際の授業記録を報告する教師の場面に出くわして、入門書から受けた印象と違うことが記憶にあります。一つは、授業としては一読だが、教師の教材研究過程では一読じゃなくて何度も読み返してる!ということ。二つは、読みは詳細を極めるものでしたが、テキストを読む際にテキストが基本となっていましたが、子どもの読みの予想が入り込んでいることでした。

 

今号にもその頃のアプローチは生きていて、近年の国語の授業記録や教材研究の文章としては珍しく、逐条的な教材の読みが書き込んであるものがあったり、詳細な授業記録が書き込まれています。詳細な授業記録はまず学校から消えたように思います。ビデオの登場という人がいますが、そうではなくて、文字に書けなくなったのだと思っています。想定しているのは学校が公式に発行する官製研的文書の記録。

そこを書き続けています。指導案をこの雑誌の書式に書き直して、実際の授業記録を加えたものが3つほど掲載されていましたが、授業を分析の対象になり得るように提示するところが「志」かなと思いました。

ついでに言うと、この指導案の形が今年は一部の学校では急激に変わっています。ごく少数の人用にはメモ的意味はあるでしょうが、大多数の教師には無益に見えなくもありません。

 

ともかくご一読いただければ幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

| 教育 | 06:13 | comments(0) | - |
スポンサーサイト
| - | 06:13 | - | - |
コメント
コメントする