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Society5.0という産業中心主義

今年の6月5日づけで以下の文書が配布され、それが中教審でも配付されている。

Society 5.0 に向けた人材育成 ~ 社会が変わる、学びが変わる ~」文科省内の課長クラスの検討会で作成した文書だ。

Society5.0というのが聞き慣れない言葉だろうが、これは「狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもの」で第5期の科学技術基本計画で使用された言葉で「超スマート社会」を指す。1.0から4.0に比べるとひどく見劣りがする。

 

それでもこの中身に描かれた方向を夢見る人が現れるだろうし、それを前提に教育を描いてしまう人が登場するだろう。いや、すでに現れているので資料として配付されているのだろう。

 

これに乗るということは、産業主義に身を置くということだ。この社会論は、どのバージョンであれ、産業で世界を描いている。

私が批判したいのは、世界を産業に収斂して把握する貧困さだ。

知識基盤社会論もその一つだった。

 

確かに産業は変化していくだろう。これに対応した教育の変化も避けられないだろう。しかし、知を情報に矮小化することは誤りだろう。これに対応した教育へ変質させてしまう内容論は、人を見くびりすぎだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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