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考えるための資料と仕向ける資料

道徳科用の資料のほとんどは、特定の考え方へ誘導するものであったり、誘導するように構成されている。

ここには、二つの契機がある。

お話が特定の考え方しかないもの。手品師みたいな作品がそれだ。これが一つ目の契機。

 

二つ目の契機は、その資料を使ってもそれを批判的に扱ったり、別の見地を取り上げて検討する授業に組み替える契機。

 

一つ目の特定の方向に考えるしかない資料は、多様に考えることを難しくする。

しかし世の中で道徳が問題になるのは、選択肢がいくつもある場合だ。そういう意味では、多様に考えることが資料に最初から組み込まれている方が優れていることになる。

 

それでまあよい方だと思われる資料が以下のサイトにある。

http://www.nhk.or.jp/sougou/q/

 

キャラクターの声の本田翼はまずまず。ガッツ石松はこれが意外に良い。

お話は、いいんじゃないというのと、もう少し突っ込んだ方がいいものとある。

なんでべんきょうしなきゃいけないのはもう少し。

大人ってどんな人の方ができが良い。

お金で本当に幸せになれる?はよいほうだ。

 

できの良し悪しは個々に違いがいくらかあるが、こっちのつくりの方が教科書よりずっと良い。それは、考える角度の示し方がずっと多角的だからだ。

こういうアプローチもある。もっと社会的視野を織り込むことも可能だ。P4Cにはそういうアプローチも世の中にはある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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