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<< 「置き勉」通知について | main | 考えるための資料と仕向ける資料 >>
さまざまの自己目的化

授業のトレンドを確認するためにあれこれ資料を読む。

国語の授業は写真と文章をつなぐことが流行らしい。たまにならあってもいいがこう並べられると、実につまらない。

 

もう一つ国語でも、つまり他の教科でもだが、多角的に見るとか多様に考えるというのも流行だ。これが割と多角的でも多様でもないことがあちこちにある。典型は道徳。

もう一つの対応は、様々に考えることを自己目的化をさせることで通過する実践だ。

どんな風にするかというと、次のようにねらいを立てる。

「物語の最後に「ごん」がどのような気持ちだったかを考え、自分の考えを友達に話したり、友達の考えを自分と比べながら聞いたりすることを通して、様々な感じ方があることに気づくことができる。」

違いと同じを探させる。それで終わる。

そうして、最初に掲げたさまざまな意見があるもんだ、と振り返りを書かせて終わる。

 

内容的な深まりが何もない。空虚な結論だ。

近畿圏の実践報告からだが、そこだけの動向ではない。内容のない結論、読みで終わる実践が拡大している。これは何なのだ。偽装?見せかけか?自己防衛か!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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