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原稿は横書き

皆さんはどうですか?

私は、原稿を書くとき、横書きでないと考えにくいのです。

 

人文系の雑誌や書籍は、圧倒的に縦書きが多く、先月も縦書きのフォーマットの見本ファイルが添付されてきました。ありがたいご厚意なのですが、作成には使えなくて、書き上がったらそこに流し込む予定にしています。

私の場合、原稿を書くとうことは思いついた完成した文章を打ち込むわけではありません。思いついた文の一部を打ち込みながら、そこに続く文を考え、考えた未完成な文に述語をつけて、一文を一応終了にします。ですから、ときどき、書き出しの頭の部分(主語であることが多いですが)と、述部との対応関係がずれることがあります。そうした文章としての修正をしながら、述べたい内容と一致させる作業を反復していきます。

文章を作成するという手の操作としては一つですが、行っていることは二つで、これを縦書きで行おうとするとうまくいきません。手の操作は縦書きも横書きもほとんど同じなのに、なんだか考えることができにくい気がするのです。

 

紙の縦書きの原稿用紙に原稿を書いていた時代もあったのに、今では横書きに慣れきってしまったようです。

ワードは縦書きと横書きでわずかに操作が違います。どこか指摘できませんが、その所為かもしれません。そのわずかな違いが煩わしさを生んでいるのかもしれません。

 

校正は当然縦書きが多いわけですが、それを修正する作業の時は、縦でも横でもあまり違いを感じません。校正の時は打ち込む操作がほとんどないことが一番の違いですから、やはり横書きで打ち込む身体になっているということでしょうか。

もしそうなら身体は操作されるものというのは本当ということでしょうか。

 

もう少し言うと、縦書きで大判の本は読みにくい気がいくらかします。

皆さんはどうなんでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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