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現実の問題にこそ道徳が潜む

今日から研究会がつづく。

今年は、道徳の教科化が現実体となったばかりなので参加希望が多いという。

中学校は現在教科書採択中だ。

 

教科書で取り上げられているお話の中には、そもそも奇妙なものがある。

悪い中でも先頭を切ってよくないといわれる『日本教科書』の中学3年の56/57頁には「礼儀はなぜ必要なのか」があり、初めて人に会う時、窓を割って謝罪に行く時、プレゼントを人からもらった時の三つの場合の礼儀正しい振る舞いと無礼な振る舞いを考えることになっている。

まず、中三の歳にもなってあらためて取り上げる話題か?と思う。

仮にまあ、あってもいい話題だとしても、事例は、すべて中三が振る舞いをすることになっている。

しかし、礼儀をわきまえていないと思われる事柄なら毎日報道されている。それらの大半は中学三年生ではなくて、大人だ。

少し前ならモリカケ問題がらみの麻生大臣の無礼な言動があった。

それより後なら、謝罪しない日大の田中総長。

礼儀をわきまえていないのは、大人の方だ。しかも権力者に限ってそれができない。なぜそうなのかを考えた方が有意義に思われる。

 

学校で、各種の人の言動を検討することは意義がある。それは、道徳の教科書よりも現実の問題の中にあるからだ。

昨日今日なら東京医大の入試における男女差別問題などを取り上げる方がいい。日本教科書の91頁には「差別や偏見のない社会の実現のために、一人ひとり何ができるでしょうか。」とあるが、こうした今の問題を取り上げることの方が、計画通りに頁をめくるよりずっと重要なことだ。

報道によれば、東京都立高校は入試で男女定員の割り振りがあるという。これが差別になっていると記してあった。さてどうなのか。

現実の中にこそ検討すべき道徳は潜んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 教育 | 07:55 | comments(2) | - |
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| - | 07:55 | - | - |
コメント
わからないところもありますが、賛同いただいたということでありがとうございます。
| KOYASU | 2018/08/07 9:52 AM |
本当に大賛成です。
道徳でなく、良心や憲法をこそ大人と生徒・児童と学びたい。そして、いろんなわれこそはと思う人が名乗り出て素材を提供して、その素材を自分の頭で判断して受け入れる。おそらく、多くの今の道徳の教科書の素材はどうなの?ダメでは?と受け入れられないでしょう。検定教科書はダメ。1種類だけではダメ。できれば皆の中から出し合う。1つの答えを押し付けるのもダメ。もちろん、評価(評定)はダメ。大人も参加というのは、総理大臣も参加。国のトップとして恥ずかしくないのかを知るためにテレビで流す。子どもはすべての事実を知らないかもしれないので、参考資料としてニュースでこの人は同じようなこういう場面ではこういう態度を示したというのも流す。でも、(道徳で参加でのテレビでは)こういう考え方を表明している。内面と外面は違うとも言えるし、内面と外面は反映するとも言える。選挙権が拡大したのでそちらの面にも使えるかも。政治的中立性は、時の政府が座標軸ではないということを知らせるためにも良いかもしれません。
| 理科大好き人間 | 2018/08/06 10:18 AM |
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