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存在を否定する者に

人の存在を否定する事件が続いている。

一つは死刑の執行。もう一つは、LGBTの人や子を持たない人への差別発言。

存在それ自体の否定は、憲法違反(11条、13条、14条、19条、25条)であるばかりか、人としての倫理に反している。この二点において批判されねばならない。

死刑制度については、憲法31条が「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」に根拠をおいているが、より上位にある条文にしたがって法律を変えれば死刑制度を廃止すれば済む。

 

ところで、教育学を専攻する者にとって難問は、後から来る者に、現行の法の不備や強制性をどう教えるのかという問題がある。

先に生きている者に従えと教えるのは、民主主義的でない。とりわけ民主主義を社会の原則として認める側は、それをすることは矛盾である。

ここに道を拓きたいと常々考えてきた。

そこで今のところの到達点は、現在を矛盾と課題を抱えた世界と教えよう。問われている課題にどう応えるのか、選択肢を後から来る者が選べるようにしよう。ここまでは到達した。

 

しかし、問題はまだ残されている。存在を否定する者は、後から来る者に判断を委ねない。だから判断を委ねる道を広げようとは言える。しかし、まだまだ道は広げられるべきだ。

 

7月3日にここで紹介した『ジェンダー教育の未来を拓く』に、トランスジェンダーの教員が自身の生い立ちから教員となったときのことを記している。最初教員となったとき、管理職からアウティングされ精神的ストレスであったと記している。少数者は一々説明することを求められる。こうした差別や存在の否定という現実に、上記の原則だけでは十分ではない。

どのような原則を教育論として打ち出せるかなお課題だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 教育 | 06:50 | comments(2) | - |
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| - | 06:50 | - | - |
コメント
この文脈の教師は、オーストラリアに留学した時に見たLGBTの人たちのいる暮らしをみて、希望がみえたという趣旨のことを書いています。
| KOYASU | 2018/07/31 6:45 AM |
そうそう、いちいち説明しなければならないのは少数側ですね、いつも。
| carparkee | 2018/07/30 6:43 AM |
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