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顔色をみるAL

山口二郎のツイートに、ALは「顔色伺い」じゃないかという論評への賛同が記されていた。

元の文章を書いた野口雅弘という方を知らないが引用しておく。

「近年、教員の一方的な知識提供ではなく、学生の主体的な学びを重視する「アクティブ・ラーニング」が広がっている。基本的には肯定的に捉えてよいだろう。しかし、ここで行われるグループ・ワークは、メンバーの顔色、そしてその後ろにいる教員の顔色をうかがうことを強いる同調的なコミュニケーションを促進しているのではないかと思うこともある。」現代ビジネス(講談社)

 

この元の論評は、コミュ力重視の風潮がコミュ力を嫌いにさせるという見方を提示したものである。一部の階層に劣等感を生んでいるという意味ではそうだろうが、全体にあてはまるかどうかはわからない。また、ALを肯定的にとらえてよいかどうかには疑義がある。これらの指摘には訳あって賛同しないが、引用箇所の後半については、そういう場合があるという指摘は賛同しておきたい。

どの手法を採用しても、そこに顔色を見るという要素があると踏まえておくべきなのだ。

 

工学部の学生が傾斜地の測量の実習をしていた。測量地点に機材をハンマーで打ち込み、距離や斜度を計測している。師匠と弟子のように指示に従っている。きっと測量ができるようになるに違いない。課題が明確で行うべきことが決まっているとき、学生はそこに参加してくる。しかしこんな場合にも、顔色を見ると言うことがそこにあると押さえておいて間違いない。

 

ALは、参加を強いる手法となっていることがある。中には「自主的に」特定の結論へ誘導する手法であることを踏まえる必要がある。前に書いたように「暗闇のワークショップ」やエンカウンターの活動のいくつかは危険そのものという性格を持っていると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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