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聖火リレーは何を願うべきか

右写真は本日付朝日新聞の聖火リレーの順路図です。

同紙記事によれば「2020年東京五輪の聖火リレーの概要が12日、決まった。東日本大震災からの復興五輪を印象づけるため、同年3月26日に福島県からスタート」するという。

 

記事を読む数時間前に、だがこれとは対照的な誠に興味深い情報を得た。

 

一つは、1964年の東京五輪の時のアジアの聖火リレーが日本の戦争を謝罪する意味で実施されたことである。これが史実であることを私は知りませんでした。

 

二つは、上記の意味であったことが東京都教委の作成したDVDに収められているので、利用ができるという情報でした。そこには以下のようにナレーションが入っているそうです。

「聖火は日本に到着する前、アジアの12の国ぐにを回りました。第二次世界大戦での戦禍にさらされたアジアの国ぐにに、戦争の謝罪と共に『日本は平和国家への道を歩む』というメッセージを伝えたのです」

都教委は東京オリンピック・パラリンピックを教えるよう強要しているようですが、その資料の一部はたしかに利用ができるかもしれません。

 

そして、今回です。

朝日は政府方針の「復興五輪」とそのまま記していますが、復興は果てしなく先のことではないでしょうか。なお放射能が流出し、事故処理は目処がついていない。この事実は隠せない。とすれば、聖火リレーは本当はそこに何を願うべきなのでしょうか。

そもそも聖火リレーになんであれ特定の意味を持たせるべきでないとも考えられます。まして、教育にそれを押しつけるべきではないのです。敢えて私が願うとすれば、自由と民主主義でしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 社会 | 07:26 | comments(1) | - |
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コメント
少々加筆。原則的見地を明示しました。
| KOYASU | 2018/07/13 8:04 AM |
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