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ミスター・ヌードル

道徳科教科書検討シリーズその4?

 

廣済堂あかつきの中学校教科書1年用に「ミスター・ヌードルー安藤百福」の成功物語が取り上げられ、「真理を愛し、新しいものを創造することについて考える」ことが目的となっている。

NHKの連ドラにも取り上げられるようだが、戦後の食糧難の時を過ぎ、一文無しの時にインスタント・ラーメンの製造を思い立ち、研究を続け、天ぷらをあげている様子から世界初の即席麺を完成させたという紹介文だ。

艱難辛苦を克服して成功を収めた話しになっているのだが、これは面白いだろうか?

事業に失敗して一文無しの状態の時に、ラーメンづくりの研究に没頭するというのはどうなの?と考える子がいて不思議ではない。

 

連ドラはもう少し安藤百福の人生をリアルに描くだろうが(?)、この短い紹介文では「頑張って発明をした」としか受け取れない。創造が何に由来するのかを汲み取ることはできない。一文無しでどうして研究材料を確保できたのかもわからない。

「新しいものを創造することに必要なものは何か」と考える情報はこの文章にはほとんどない。

 

短い文書の成功物語は無意味教材と言っていい。安藤百福の人生が無意味と言っているのではない。こんな取りあげられ方をされても安藤を理解することにはならない。

各社にそういう教材が配置されている。子どもだって忙しいのに時間の無駄としか思えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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