CALENDAR
S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>
                                 
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
教室で教えるということ
教室で教えるということ (JUGEMレビュー »)
岩垣 攝,子安 潤,久田 敏彦
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
ARCHIVES
CATEGORIES
                
<< 探索の旅 | main | WS形骸化の中でリアリティを >>
原爆忌に福島

原爆忌に広島にいたことはあるが、今年ははじめて福島にいる。

戦争法以後にある社会で平和の希求は格別に意義深い。

 

安心をフクシマとの関連でいかに考えるかは、論争的だ。

米の全袋検査によって放射性物質は昨年は検出されていない。だからその限りで安全と言える。だが問題は、その検査機器で検出できているのかという問いが提出されている。これに事実で応答する必要がある。検出限界値や検出可能な放射性物質に限定がある。そこを示した方が、その検査を行っていない産品より安全ということが伝わるように思われる。

また、これは、米だけで、他は全部を検査する体制が整っていないものが多々ある。一番は魚類。これは全くといっていいほど無意味な状況にある。フクシマの港に水揚げしているわけではないからである。

そういう国でそういう対応しかしない政権で暮らすということを考えなければならない。

 

昨日の伊藤報告は、WSの問題点を明瞭に示すものとなっていた。WSの外形的活動性が貧困な学習を生む。これを超えるにはリアリティだという提起がそこにあった。ここに学びたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:21 | comments(0) | - |
スポンサーサイト
| - | 07:21 | - | - |
コメント
コメントする