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終わり方研究

あらゆるものには、始まりと終わりがある。

世の中の研究において、この2つはいつでも中核的研究対象だ。宇宙の始まりと終わり、社会の始まりと終わり、人の始まりと終わりetc。

 

退職後の暮らし方が気になる年齢となった。

Iさんは、「教育現場を卒業する」とあった。これは単に退職するという意味ではないだろうとブログ記事を読んだ。

聞くところによるとMさんは、地域運動に専念すると宣言されたと聞いた。しかし、過日、講師として話しをされたと聞く。

Yさんのようにずっと退職後もサークルも教育運動も揺れることなく続けている方もいる。

すぱっと方向転換をされて農業を開始した方も、引きこもった方も、教育運動や研究にかかわり続けている方もいる。

選択は多様にある。

 

それぞれ個人の意思もあろうが、周囲との関係もあろう。退職まもなく連れ合いの方を亡くし、喪失感から社会的つながりをほとんど断ち切って暮らしている方もいると聞いた。

表向きの暮らし方だけでなく、むしろその選択の意図や意味づけ方を知りたいものだ。

 

運動と研究には終わりがない。

しかし、人には終わりがある。

だから当人の意図と無関係に必ず終わりはやって来るが、かかわり方の変化が相互に発生するそのプロセスをどう越えていくのかはまだ研究が足りない。

 

さしあたり、論じたいことが浮上する間は、今の仕事を続けようと思うが・・・

解はまだない。研究は始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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