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銀河鉄道の夜の見方

これまでに何度か取りあげ、先日の大澤本にも銀河鉄道の夜の読みが取りあげられている。その議論のごく一部について、さらに備忘録的に記しておきたい。

 

銀河鉄道の読み方としては、幸せ探しの旅にでて、みんなのために生きることが幸せだというごくごく当たり前の普通の読みがある。

そうではなくて、生きる目的や幸せを見つけたものから順に銀河鉄道を降りていくことに注目し、ジョバンニはみなを助けようとするが自身の目的地や自身の幸せは何であるかわからないで終わる所にテーマを読むものがある。つまり、人生の目的はわからないがその旅に出ようという読みである。

他方、カムパネルラが石炭袋の孔を指して「あすこがほんとうの天上なんだ」と言いそこにお母さんがいると言っているように、幸せとは到達点としての死を意味し、人生の目的を見つけたものがそれぞれの天上にたどり着くことができるという(宗教的な)見方もある。

 

大澤本は、ジョバンニとカムパネルラが「いつまでも一緒にいようね」といった直後に、振り向くといないシーンを取りあげて不在の関係について語っている。関係のない関係という着想を語っている。

 

だが、宇宙論的に見ると、関係のない関係はない。揺らぎから小指の先ほどの宇宙が誕生し、何度目かの誕生と消滅から宇宙が生まれたという弦理論からすれば、関係のない関係はない。関係のない関係はないが、何億光年と離れたものとの関係はないに等しい。その比喩として考えれば、社会における人間は、関係のない関係に包まれていると言える。この無関係の関係の把握が銀河鉄道の夜だという。

文学の読みとしては面白くはない落ちだが、絶対的離別としての死というものの唐突さをジョバンニとカムパネルラの会話に見ることができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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