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空虚な抽象から実のある抽象へ

どんな先生になりたい?

「信頼される先生」

「話しやすい先生」

「子ども目線の先生」

などといった言葉が返ってくる。

そこで、「どんなことをすると信頼されるの?」といくらか問いを変える。さらにハッキリと経験を聞く意図で、「どんなことをしていた人が話しやすかったの?」とか、「何をどうしていたので子ども目線なの?」と聞く。

過去の経験を聞いているのだが、そこを想定していない場合には後が続かない。

 

よくありがちな「信頼される教師」など言葉はソフトだが、中身がない。

信頼は単なる言葉では得られない。何をするか、何はしないかなのだ。具体的な行動とつながらない人を子どもが信頼するはずがない!という趣旨の説明をする。

 

個別に体験としてどんなことがあったと聞くと、進路相談に長いこと乗ってくれたなどの話になるのだが、ついつい空虚な抽象語でわかった気になってしまうようだ。どこで身につけたのか、抽象語を言っておけばいいという見方が見える。

 

抽象的な言葉を使えばいいわけではない。反対なのだ。具体的な出来事で語れることこそまず必要なのだ。

 

その後に、抽象語につないで実のある抽象語となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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