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効力感という魔物

波多野・稲垣シリーズの著作の一つに『無気力の心理学』中公新書があった。1980年代のはじめに刊行されたもので、効力感が生まれる原因をコンパクトに紹介してくれていた。

行動主義的刺激=飴とムチも問題だが、無気力も問題となっていた時代であった。

その後、叱咤激励の手法は変わった。多様化したという方がいいかもしれない。

 

飴とムチも残り、成果主義も残り、PDCAもその一つだし、心理操作手法も多様に組み合わされるようになった。それらの中に残り続けているのが、効力感だ。

 

人は、何らかできないことや失敗体験を抱えると、それをカバーしたり、成功に導いた手法に賛意を示したり、よい方法だと思ってしまう。ここには、確かに物事を理解したり、うまく進める知や技があることがある。

だが、手法や方法が普遍的によいということはほぼない。一定の条件の下でのみ有効であるに過ぎないことが多い。

 

困難を抱えれば抱えるほど、限定的に有効であった手法を神の位置に持ち上げてしまう。

その一つが効力感とともに持ち出されると危険性は極めて高くなる。

「要するに正しい答えはなに?」にはじまり、「必ずうまくいく方法はないんですか」と聞きたくなる心性に魔物が住んでいる。

この魔物に汚染されると、問いを失う。

問いを失うと、人として生きることが難しくなる。

 

効果ばかり追求する志向は危険そのものと言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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