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教育勅語に関する答弁書の問題点

3月31日の内閣による答弁書の問題点を教育学の側からどこが問題かを指摘しておきたい。

まだ正式な質問主意書と正式な答弁書が国会のHPにアップされていないので、報道されている内容の制約があることはことわっておきたい。また、内閣の発言者によってニュアンスの違いがあるかもしれない点も押さえておく必要がある。

 

質問主意書は、「教育勅語を学校教育で使用しないよう求めた」ものである。この趣旨への回答と考えないといけない。

つまり、社会科等の教材として教育勅語を利用することを想定した答弁書ではないことだ。

 

答弁書の内容を報道の限りだが確かめたい。

「憲法や教育基本法に反しない形で教材として用いることまでは否定されない」と報道されている。

また、「教育の唯一の根本とするような指導は不適切だ」としている。

憲法等に反しない範囲とは何を指すかについて、管は「親を大切にするなどの項目もある。適切な配慮の下に教材として用いること自体は問題ない」と発言したと読売が報道している。

すると、教育勅語全部ではないが、一部はよいと徳目項目を肯定した内容のようだ。

 

問題点1

教育勅語は、その無効が国会で議決されている。だから一部は良いとならない。これは法的観点だが、教育の目標や内容に関する教育学の観点からも問題だ。教える内容や教育の目標は、社会的決定事項であり、その一番重要な位置に憲法がある。憲法は、主権在民や平和主義を基本としている。教育勅語はこれに反する。天皇が国民に死ねと命じれば死ねる人間となることを求めた文書だからである。社会的合意は、教育勅語にはない。

 

問題点2

教育勅語の親孝行等の徳目も、現代の人間関係、親子関係において適切ではない。教育勅語の親孝行の意味は、子が一方的に親につくすことを意味している。親からの虐待や理不尽な対応が教育勅語の時代にも頻発していたが、教育勅語における親に従属する子どもという不平等な位置関係を肯定する趣旨で親孝行は語られていた。子どもを一個の人間としてみない不当な徳目項目であり、そういう人間を目標に教育を行うことは適切ではない。また、親と子の関係に国家介入する文書であった点でも今日の民主主義社会の原則にそぐわない。個々の個人が自身の親にいかに関わるかは当該の親子の関係と選択に委ねられる。これを教育の場においても貫くことが教育学の原則だ。すなわち、そうした選択ができるように教育は行われなければならない。正しいからと教え込むものではない。

 

問題点3

島薗氏が指摘しているように、内閣が答弁書という形で教材として適切かどうかを個々に論及すべきでない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 社会 | 07:35 | comments(1) | - |
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コメント
9時22分に追記。
| KOYASU | 2017/04/04 9:22 AM |
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