CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
                                 
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
教室で教えるということ
教室で教えるということ (JUGEMレビュー »)
岩垣 攝,子安 潤,久田 敏彦
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
ARCHIVES
CATEGORIES
                
<< 誰が何を | main | 違いを深く学ぶとは >>
板倉聖宣セレクション1

板倉聖宣、仮説社、2013年、1900円と税金。

1963年に提唱されたという仮説実験授業。自然科学領域の授業書に関連する議論は確かに多いが、それに負けずに多いのが社会や教育に関わる発言。この本は、社会、とりわけ民主主義に関わる論考を集めた本。

 

仮説実験授業の批判は、かつて始まった頃にいくらか聞かれたが、その後はほとんど聞かない。それは、内容が面白くまっとうだからという要素もあるかもしれないが、批判されていい中身もいくつかあるように思う。

評価されていいのは理科関連の授業書だけではない。社会や「道徳」の授業書がある。ただ、内容的には吟味が必要な部分もある。「授業風」の「道徳」をしなければならないご時世に、参照されるべき先行研究が仮説研の「道徳」だ。仮説実験授業のいい点を認めた上で、どうかなという主張を選り分けるとこれまでに板倉氏や会員がつくってきた良い内容がもっと見えてくるに違いない。

 

理論枠に関わる手法についてだと次の点がある。おそらく、近代科学論を狭く捉えているせいかもしれないと推測しているが、誰かに確かめて欲しいものだと思っている。どういうことか。仮説選択の討論の後に実験をして、実験結果に関する解釈をしないと主張していたことがあった。これは、実験がすべてだとその理由の説明をかつてしていた。しかし、この点は必ずしも妥当とは思われない。真性の科学の場合には、すぐに結果の解釈をめぐって議論をすることがしばしば行われる。科学過程論研究をしていた時期に疑問に思って以来ずっと?をつけている。いつも実験後に議論を、とは言わないが、必要なときがあると私はそう考えてきた。

 

今回のこの本にも、興味深い指摘とそうは言えないという指摘が混じっていて、賛同したい人も批判したい人も読むといいと思う。

「民主主義が最後の奴隷制だ」という板倉の指摘などは、その通りだ。かつてチャーチルが1947年の下院演説で「民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが。」や若い頃の体験に範をとっていると思われるが、少数者の声をいかに聞くかというきわめて今日的な問題といえる。

 

他方で、問題な指摘も存在している。例えば、正義を強要するからいじめが発生するといういじめ論。板倉が指摘するような場合があるのだが、それがいじめの原因だといってしまうと部分的な正しさにもかかわらず誤ってしまう。親密圏におけるいじめなどにはあてはまらない。また、楽しい授業で解決すると言ってしまうのも言い過ぎ。それは作り出したらいいが、それで解決というわけにはいかない。この辺りは言い過ぎというか、データ不足な主張に思われる。

社会の法則性に関する基準の立て方も、同じように、「良さ」と「どうかな」が混在している。事実に即してさらに検討して欲しいと言っている本として読んだ。

 

 

 

 

| | 07:07 | comments(2) | - |
スポンサーサイト
| - | 07:07 | - | - |
コメント
そうですか。ご病気なんですね。回復されているといいですね。
| KOYASU | 2017/03/09 6:59 AM |
ずいぶん前に発行されて、その後続編がなかなか出されないいですね。板倉さんがずっと病床に伏しているので難しいのでしょうか?残念です。
| 理科大好き人間 | 2017/03/08 12:38 PM |
コメントする