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社会は最善を子どもに手渡す

森友学園の認可を巡って大阪自民党は早期認可の要請を府にしたようだ。

他方、不認可を求めるネット署名も以下のサイトで始まった。

https://t.co/yiNRUMTGw1

 

森友学園が教育勅語を暗記させていることを、一部の議員が教育の方針としてよいと国会で不規則発言をしたようだ。

しかし、今日の民主主義社会では、これを教育方針とすることは認められない。

教育勅語は天皇のために忠誠を尽くすこと、家族国家観にもとづいて子どもが親に孝を尽くすことを基本としていた。その尽くすは一般的に努力することではなく、戦争の際は死ぬことを求めるものであった。これは、個人の尊厳と、人間の平等を原理とする近代民主主義の原理に反し、日本国憲法の規定に反する。反社会的内容となっている。国会でも排除と失効の決議がなされた文書である。

憲法遵守義務のある議員としてはその資格のない発言だ。

 

ところで、本日の私の報告とも関わるのだが、社会が法律等で決定している事柄について、教育はどういう距離をとるかという問題がある。後からやってくる子どもに、決まっているから従えというのか、それとも未来を生きる子どもにどのように託すのかという問題である。

今ある社会を生きるので、子どもは今の社会の仕組みに規定される。空想的な教育を用意することも実施することもできない。しかし、規定されたまましか手渡さないのでは、未来は未定であるにもかかわらず、選択の余地がないというのでは妥当でない。そこで、社会的決定の上に選択可能性に開いて手渡す。そういう方向を考える。そこで問題となるのが、今と選択可能性の中身、そしてその手渡し方だ。この問題について、本日、3.11にかかわって東京学芸大で午後に報告する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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