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授業記録の保存

手書きの授業実践記録が出てきた。

ずっと昔は国語の教科書に載っていた有名な教材、「最後の授業」の一場面の記録のようだった。

この教材は、田中克彦の「ことばと国家」岩波新書で前提が間違っていることが知られるようになってから教科書から消えた。すなわち、フランツたちがフランス語を使えなくなるとフランス系のアメル先生は言うが、フランツたちはもともとドイツ語系の言語を話す人々なので、ことばを大事にというアメル先生こそことばを奪う側にいて、そのまなざしから描かれた小説であることが広く知られるようになったからである。田中の指摘は70年代にすでに行われていたが、新書は1981年に刊行された。

 

授業記録は、その前後のもののようだった。

本文にも奇妙な表現はあるのだが、ことばを国家主義のまなざしで把握する解釈が一般的だった時代が確かにあった。ことばを愛国心と結合させる思想の誤りを示す典型的な事例と言っていいだろう。それをどう教えていたのかのデータとなる記録だ。

しかし、このままではいずれ消え行く。すでに、この資料も一部の記録が無いようであった。

府川による研究が刊行されているから全部無くなることはないだろうが。

 

他にも音声テープや映像テープ、DVDが出てきたが、どうしよう。再生機器が駆動しないものがある。データが不完全で利用に適しないものも多い。なにより今すぐに利用することが無いデータの場合が困った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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