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国語の授業改革17

「読み」の授業研究会編、学文社、2200円と税金。

 

毎年刊行している。これは大変なこと。

特集は写真にあるように、今の基本的トレンドを国語でどうするか、どう考えるかである。

 

阿部巻頭論文は、「国語の授業で「主体的・対話的で深い学び」を実現することは本当に可能なのか」と題して、三つのスローガンについて検討している。基本的論調が私の見解の路線とかなり近いと思う。

すなわち、対話や討論優先のとらえ方をしたのではダメだということ。

教科内容・教材の分析こそ重要という論調である。

例えば、次のような読みがあってこそ、授業が質の高いものとなるという。

枕草子の「秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに烏の寝床へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛びいそぐさへあはれなり。まいて雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるはいとをかし。」を「秋は夕暮れがいい、烏が飛び急ぐ姿や雁が飛んでいくのもいい」というのでは浅い。問題外だという。

烏は、今も昔も嫌われる鳥だが、「あはれ」となる条件があると読んでこそ清少納言の指摘を深く読んだことになると例示する。
烏の飛ぶ時は?夕暮れだけ。

数は2から4で、一羽でも多数でもダメだ。

寝床へ急ぐとは、ずっとそこに居るのではなく、すぐにいなくなるのでなければならないなどと指摘していく。

これらを教材から読んでこそ深くなるという。

 

目次は以下の通り。

内容優先とは言えない記録もあるけれど、おおむね教材分析を優先した実践記録が並ぶ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はじめに(阿部 昇)

国語の授業で「主体的・対話的で深い学び」を実現する
<問題提起>
1 国語の授業で「主体的・対話的で深い学び」を実現することは本当に可能なのか
――三つの切り口からその実現可能性について考える 阿部 昇 6
<物語・小説・古典の授業で「主体的・対話的で深い学び」を実現する>
2 物語・小説の「構成・構造」の授業
――教材「モチモチの木」(小3)を使って 庄司 伸子 18
3 物語・小説の「形象・技法」の授業
――教材「少年の日の思い出」(中1)を使って 建石 哲男 26
4 物語・小説の「吟味・批評」の授業
――教材「海の命」(小6)を使って 熊添由紀子 34
5 あたらしい古典の授業
――教材「竹取物語」(かぐや姫の生い立ち)を使って 熊谷 尚 42
<説明文・論説文の授業で「主体的・対話的で深い学び」を実現する>
6 説明文・論説文の「構成・構造」の授業
――教材「ウナギのなぞを追って」(小4)を使って 永橋 和行 50
7 説明文・論説文の「論理・技法」の授業
――教材「ガイアの知性」(中2)を使って 鈴野 高志 58
8 説明文・論説文の「吟味・批判」の授業
――教材「作られた『物語』を超えて」(中3)を使って 竹田 博雄 66


「言語活動」を充実させ豊かで「対話的」な授業を実現するための指導スキルとポイント
1 グループ活動をはじめて取り入れるときの指導スキル 加藤 辰雄 74
2 国語ゲームをはじめて取り入れるときの指導スキル 奥冨 浩 80
3 授業規律・学習規律を定着させるための指導スキル 小林 信次 86
4 構造的でわかりやすい板書をつくり出すための指導スキル 町田 雅弘 92
5 子どもたちの楽しい討論をつくり出すための指導スキル 臺野 芳孝 98
6 「対話的」な授業を実現するためにしておくべき指導のポイント 柳田 良雄 104
7 「対話的」な授業を実現するための単元計画立案のポイント 志田 裕子 110

物語「海の命」(立松和平)で「主体的・対話的で深い学び」を実現した授業――大庭珠枝先生の授業の記録と授業案
1 「海の命」(立松和平)の1時間の全授業記録と単元計画・本時案 熊谷 尚 116
2 「海の命」の教材研究 大庭 珠枝 128
3 「主体的・対話的で深い学び」を実現した先駆的授業 阿部 昇 132


新学習指導要領「国語」をどう読み解きどう評価するか―現場への提言
1 「主体的・対話的で深い学び」の授業改善
――第九次教育課程改訂を受けて、国語教育の可能性を探る 田近 洵一 134
2 「知識及び技能」と「思考力、判断力、表現力等」との関係をめぐって 鶴田 清司 142
3 新学習指導要領を批判する 長蛇を逸した今回の改訂
――「深い学び」に対する懐疑 植山 俊宏 151
4 「学び」を意味づけ、文脈化し、筋立てる
――「ポジティブリスト」からの脱却のために 中村 哲也 159
5 新学習指導要領(国語)、その前進面と課題を考える 加藤 郁夫 168


新学習指導要領を読み解くための5冊
『確かな「学力」を育てる アクティブ・ラーニングを生かした探求型の授業づくり
――主体・協働・対話で深い学びを実現する―』(阿部 昇 著) 豊田 ひさき 176
『おかしいぞ!国語教科書 古すぎる万葉集の読み方』(梶川信行 編) 加藤 郁夫 177
『文庫解説ワンダーランド』(斎藤美奈子 著) 阿部 昇 178
『教育の力』(苫野一徳 著) 岩崎 成寿 179
『国語力をつける説明文・論説文の「読み」の授業
―読む力を確かに育てるあたらしい指導法入門』(「読み」の授業研究会 編) 杉山 明信 180

連載・教材研究のポイント [第四回]
「一つの花」(今西祐行)の教材研究――ここがポイント 高橋喜代治 181

 

 

 

 

 

 

 

| | 07:30 | comments(0) | - |
愛知県歴教協50年史

どのようなサークルであれ、50年続くというのは偉大なことだ。

3年続けばホンモノだと思っているが、50年というのは多くの人の精力を傾けた活動なしにありえない。

 

私はエッセイのようなものを書く才能にも恵まれておらず困ったのだが、本書に刈谷での研究会の模様を断片的に記してみた。

 

刈谷の研究会は、山田さん、柴田さん、荒木さん、杉浦さん、安藤さん、内藤さん、佐野さん、時々岡崎の有馬さんと片山さんといった方々と地域教材の取りあげ方をめぐって延々と議論していた。

時に夜の11時近くなることもあった。この会への参加は、ゾウ列車のおじさんの家に電話をしたことに始まる。そのことを何の含蓄もなく記した。

 

愛知県の創立の頃は全く知らないが、聞いたところでは、3度目の設立なのだという。

最初は1949年の創立と共に全国の会へ個人が参加するだけ。二度目は、1955年に名古屋で産声を上げたのだという。だが、数年でそれぞれが多忙になって自然消滅。

三度目が栗本さんと小出さんが出会って、設立に到ったという。栗本さんは1953年が新任らしいが、当時女性差別、学校歴差別に苦しんだことが語られた。それから2年経って二度目の会が設立された。この時期のことはもう少し詳しく聞いてみたいもの。

今話を時々聞いているセツルメント運動の草創期と時期が重なる。

 

ゾウ列車のおじさんがおじいさんになっていたが、絵本制作に到る前の「掘り起こし」と、二度の改訂、合唱団となっていく経緯を詳しく書くように宿題を出してあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | 07:30 | comments(1) | - |
方法学会道徳の報告集刊行

6月10日に開催した日本教育方法学会第20回研究集会報告書『『特別の教科 道徳」への対応を検討する』が刊行されました。

 

本書には、慶応大学で開催した時にご報告いただいたお二人の論考と資料が所収されています。(私はご挨拶文)

松下良平さんは、「道徳の可能性と課題ー『考え、議論する道徳』の再定義にむけてー」と題して、6月の報告にさらに加筆していただきました。

道徳の授業の全体像を考え直す上で貴重な枠組みを提供していただけてると思います。

 

もう一つ、塩崎義明さんには、「道徳の授業を、感動を超えた事実と出会う出発点に」と題してオリンピックの本当の意味を考える実践を寄稿していただきました。

 

今日からの学会に参加いただくと会員には無料で配布されます。

非会員には残部が出た場合はどうだったか、忘れました。調べておきます。わかり次第、後日ここに加筆します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| | 00:29 | comments(0) | - |
改訂桜は本当に美しいのか

水原紫苑、平凡社、1300円と税金。

江戸期までは、花と言えば梅、明治となって以後に花と言えば桜をイメージするようになった程度のことは文学の知識として知っている人も多いだろう。

私は、ソメイヨシノの桜の風景が、明治中期以後に全国的に展開させられていったことを、佐藤俊樹の『桜が創った『日本』』岩波で知った。以後、ソメイヨシノと靖国神社という不穏な結託が私にはイメージされることとなった。

 

今回の水原の本書は、私の認識に欠けていた短歌、詩作の分野に同様の問題群があることを教えてくれた。

 

冒頭、在原業平の歌で始まる。

世の中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし

続く小野小町の「花の色はうつりに」もどちらも高校の古典で取りあげられた記憶がある。

これら古典から、いきものがかり、宇多田ヒカルの曲まで取りあげられている。

途中の大半は、古今や新古今を創った人たちの矛盾や歴史の創作(改作)が作品に即して示されていく。

 

水原は、「非情こそ自然の本来の相である。自然は人間のために存在するわけではない」だから、そこに勝手な思いを込めるなと分析していく。「桜ソングが個人の顔を無くすとき、先に見えるのは、行方を知らない落花の道である」と。悲劇と茶番を実行に移したい大根役者たちを舞台から引きずり下ろさなければならないと終える。

 

名指しはしないが、大根役者は誰かと言えば、戦争に駆り立てる安倍・日本会議的な政治家、それらを支持していく蒙昧の人々ということだろう。

 

痛快な文体が続く。これはとりあえずおすすめ。

 

 

 

 

 

 

 

| | 07:06 | comments(0) | - |
倍賞千恵子の現場

倍賞千恵子、PHP研究所、920円と税金。

口語で書かれている。演技論が各所に散りばめられている。

 

主な知ったこと。

年齢。

茨城に疎開していた。そのために語尾が上がる癖が女優となるころまであった。

北海道に別荘がある。

小六禮次郎さんと50代の時に結婚した。

 

教育の仕事に関係がありそうだと思ったこと二つ。

 

山田監督が「いい役者には贅肉がない」と言った。

 

同じく、山田監督からきいた小さん師匠の話し「古典落語を話すときは、中略、自分は初めてこの落語を話すんだ。お客さんは初めて聞いてくださるもんだ、と思うようにして話す」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | 07:42 | comments(0) | - |
戦争を読むの途中

中川成美の岩波新書をよみかけ。

取り上げられている70冊のうち、私が読んだ記憶があるものは、9冊しかない。それらもずっと昔に読んだものが多く、ストーリーさえ忘れているものがある。

本書の第1章は、戦時風景とまとめられているように、執筆者の前線や兵隊としての戦争体験の小説で、壮絶かつ悲惨な人の死と生を描いている。
小林信彦の小説「僕たちの好きな戦争」にかかわって、野蛮な国粋主義は、反欧米の「日本化」ではなくて「野蛮」そのものだという指摘が印象に残る。そう、日本ファーストとは野蛮と同義なのだ。
アメリカファーストのトランプ、都民ファーストの小池、日本ファースト人々が見事に「野蛮」と重なるのは小説の力だろう。
暴力的文明化とは異なる道を探したい。
さらに読み続けよう。
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| | 06:56 | comments(0) | - |
高校生と考えた憲法・平和の授業

山本政俊、歴史教育者協議会編集委員会、マルコー企画印刷。

私家版というか自費出版なので書店にならばない。

ほしいと思う人は、ネットを検索していくと山本さんと連絡がつくだろう。

 

今春高校教師を退職されて、200あまりの実践記録等を公表してきたとある。それらのうちで、歴史地理教育に執筆したものから20本が集められている。

 

私は、本のページの順ではなくて、執筆順に読むことにした。授業のつくり方の変化が読めるのではないかと思ったからである。実際には、順番を2回間違えてしまったが、「コカコーラから多国籍企業へ」の1999年の記録から読み始めた。本書の中で一番古い教育実践記録だが、この記録は、各国のコカコーラの表記を見るところからつくられている。コカコーラが飲まれている国の数、飲まれる理由、同様の多国籍企業へと授業は展開していく。ものへ指さしする実践という感じだ。

その後は、次第にものを指さしつつ、「問う」が付け加わってくる。バレンタインに贈るチョコレートの授業の頃にはテンポのある「問い」となっていく。このタイプのものが多いが、ただ問うのとは違っていく。それは、高校生の関心に沿うというだけではない。次のことと関連がある。

 

内容的には、本の表題通り、憲法に関わる授業が増え、その問題意識は高校生を主権者として生きる人に、という切ないほどの思いだ。憲法がどこで今の高校生とつながるかを模索している。だから、憲法の条文の基本的とらえ方は明瞭だが、それと高校生の暮らしや意識とつなげた表現が多彩に登場する。このつなぎ方は見事という感じだ。

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| | 00:36 | comments(0) | - |
暮らしのなかのニセ科学

左巻健男、平凡社、800円と税金。

 

人はだまされる仕組みを持っているという一般論がまず語られ、その後に事例が並ぶ。

まずは抗がん剤のインチキの話し。

以後、アルカリイオン水の無意味、食品添加物の毒性の考え方、各種健康食品サプリメントの効能のなさ、EMの無意味、などなどまず水や食品類の効能がないものが理由と共に列挙される。

 

他方、飲食物ではなくて、ダイエットなどのエセ情報が取りあげられる。ダイエットは健康によくないという話し。この場合の健康によくないとは、少し太めの方が統計的には長生きすること、大人になってから5キロ以上痩せた人の方が早く亡くなるといった事例で、スポーツなどによるダイエットがよくないと言っているわけではない。太めと細めを比較しての話しだ。体重だけの統計上の数値にもとづくダイエットの危険の話しなので、多数の例外がある。何もせずに太っている場合とやせ気味である場合の比較なので、ダイエットと言っていいのかどうか怪しい表現だ。

それぞれの効能を歌うときに持ち出されるエセ科学のしくみとそれにだまされる構造が続く。

 

左巻の議論で気になるのは、おこげの発がん確率が低いという話し、あるいは食品添加物の安全性に関する指摘など今ひとつ説得的でなかった。おこげが世間で言われるほどのことはなくて、発がん確率が低いことがわかったというのだが、可能性が残っている。

添加物の安全性に関する掛け率に根拠がないと言いながら、その掛け率を基準にして趣旨として安全と述べている。各種の添加物の危険性についても確率的に安全という趣旨の主張を行っている。リスク評価の基準は明確でないものが多く、安全と断言するところまでは言えない物質がかなりある。左巻は、ニセ科学とほんとうの科学の間に線引きをしているように思われる。だまそうとしてだますエセ科学の場合には妥当性がある。しかし、そうではなくて、そのつもりはなかった科学の側が、誤った情報を様々な理由から発信してきたというまなざしが弱めな印象が残った。この点については論調に疑問符を付しておきたいと読んだ。

 

エセ科学の仕組みに関する本はこれまでにも刊行されている。にもかかわらずこれを手に取ったのは、教材研究の一つの行き方として「フェイク」や「エセ科学」を調査する授業がイメージとなると考えているからである。インチキが完璧な水素水のようなものにかんしては、簡便な本として使えるかもしれないと思われた。

今年の流行語の一つはフェイクである。これをキーワードに真偽を確かめるという問題意識の下に授業が組まれて良いだろうと考えている。

 

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| | 06:59 | comments(1) | - |
15歳の戦争

西村京太郎、集英社、760円と税金。

陸軍幼年学校に昭和二十年四月に入学して八月に敗戦を迎えた著者の戦争体験と小説家となるまで及び日本軍の弱さを分析した本。

西村の体験と文献調査によれば、前近代的な戦法、精神主義、兵站の無視、生の軽視、個人の自律性の敵視が日本軍の弱さであったと記している。(日本軍や当時の政治家がすばらしかったという三浦なんとかはこの本ぐらいは読んだ方がいい。)

 

では何故弱かったのかへと考察が続くとさらにいいかなと読んだ。

 

無責任体制にも触れてあって、部下に任せる親分肌が自己の責任を取らない仕組みだと言う。なるほどね、「まかせた」とはおまえが一人で責任を取れということだね。

 

他方で兵士は絶対服従の教育であったから、日本は時代に合わない弱い軍を訓練して作っていたことになる。これに郷愁を感じる人たちは事実を知らないと言うべき、ということなのであろう。

 

 

 

 

 

 

| | 08:43 | comments(1) | - |
地域を生きる子どもと教師

中野譲、高文研、1900円と税金。

『学びに取り組む教師』にも執筆いただいた中野さんの個人実践史的単著。

 

遊びの場であった川の生態や開発を考えることになる授業の記録、卵や野菜を育てる実践など、およそ20年あまりの間の実践が採録されている。かつて発表したものに加筆されていて、周辺的状況や子どもたちのその後なども付け加わっている。

 

中野実践の特質は、川や作物など地域にあって、変化しつつあるとはいえ、人が勝手には変えられない性格のものに子どもたちを関わらせていく点にある。この意味は、自己や自己中心の世界に対して、その意のままにならない存在を目の前に立たせることから生まれてくるようだ。また、人がどう関わるかが作物に現れもすることで、子どもたちの意図や論理とは無関係に存在するものを意識化させ、自身の向き合い方を再考させる点にある。

 

もう一つは、自然や食物に学級やグループで関わる過程で、他者との関係の仕方やその意識を表出させたり考え直させることになっている。他者の排除となる会話の応酬を、それだけを捉えて道徳主義的に迫るのではなく物づくりの中で意識させている。

 

以上の二つ、すなわち客観世界との交わり方、自己を取り巻く人間世界との交わり方をものを調べ育てながらの実践に特質がある。

 

だが、実践にも変化発展があるようだ。

例えば、21世紀の始まりの頃は、ディベート的討論を意図的に組織していた。だがやがてそれは前面に出なくなっている。早計な判断を控えるようになっているように思われる。

この辺りはご本人に聞いてみたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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