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教室で教えるということ
教室で教えるということ (JUGEMレビュー »)
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マルクス・エンゲルス

マルクスとエンゲルスの伝記映画。

二人の著作の有名な文言がたくさん散りばめられている。

映画の基調は、プルードンのような観念的な無政府主義批判をする中で、労働者階級の組織化という方向を見いだすというもの。

 

ただ、ストーリー重視の私としては今ひとつ。

伝記として描くなら、意見の対立がもっとはっきり見えるように描かないと何を言いあっているのかが分かりにくい。

 

帰りに書店に寄ったら、京大の人が本の出張販売をしているようだった。いつかは書道家の人の実演販売。

ここは、私の分野の専門書の並べ方は良いものがなくてだめ。同一の系列では名古屋駅前の方が良いが、新書の並べ方はよくない。ちょっと荒れてる。駅前では別系列の書店の方が私の分野はダメだが、わずかによい。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 映画 | 07:08 | comments(0) | - |
タクシー運転手

昨日は南北会談だったので、ソン・ガンホ主演の映画。

1980年5月に起きた光州事件の映画。全斗煥らの軍事クーデーターに反対する運動を軍隊を動員して弾圧した事件の時の実話を映画化したもの。

 

ドイツ人記者ピーターは、日本の特派員記者だったが、韓国の状況を聞いて取材にでかける。既に通行禁止となっていた光州へソウルのタクシー運転手マンソプを雇う。お金に困っていたマンソプは10万ウオンにつられて光州に向かう。光州は、デモと弾圧の街となっていた。光州で知り合った大学生らが次々と虐殺されていく。この光景を取材した映像を持ち出すために必死にソウルにもどろうとする。

 

実在の記者がラストに登場し、この時のタクシー運転手に会いたいものだと語るシーンがある。記者には偽名を運転手は伝えたらしく探せないままのようだ。

 

この時弾圧され投獄された人々の名誉回復は、その後行われるが、完全ではないと聞いたことがある。この事件を背景とした映画は、10年くらい前の光州5・18に続いて2本目。

映画らしい映画で面白い。
この事件の頃、私は20代だったが、全斗煥の軍事クーデーターは知っていたが、この事件など記憶にない。日本ではあまり報道されなかったのだと思う。当時の日本政府は結託していた?のかもしれない。また今の報道のあり方とも関わる問題を内在させていると思った。

 

 

 

| 映画 | 06:57 | comments(0) | - |
ペンタゴン・ペーパーズ

4月初めての映画館。

メリル・ストリープは毎年見てきたが、トム・ハンクスは久しぶりだ。

 

これを見た人の多くが語るように、日本の今の政権による不正の隠蔽事件が重なる。

ワシントン・ポスト紙社主は、歴代米国大統領のベトナム戦争政策に関する秘密資料を暴いた記事を発行するかどうか迷った末に決断する。その間、役員たちと逡巡し、政権は記事にさせまいと策動する。

本作は、NYタイムズと共に秘密を暴く側に社の危機を賭けて決断する様を描いた緊張感にあふれた映画だ。

 

これは実話に基づくという。

日本の場合、メジャーな報道機関であるテレビは、政権の不正を積極的に暴く側に回っていない。一部の新聞社が安倍政権とその下での官僚の不正を報道しているだけだ。安倍政権はその不正を官僚の責任に帰して逃れようという戦略をとっている点で、当時のニクソンの戦略と同じではないが、事実を明かさせない戦略という点で同じ。

この映画では、政権の擁護を国家の擁護とする思想と、事実の報道こそ自由や民主主義を守ることとする思想の対立が前面に描かれる。

日本の現在の安倍らの思想は、政権の私的擁護を第一義としているように見える点で、既に思想において幼稚であると共に前近代的。

問題を追及させまいとする戦略が主要な日本で、どこまでも事実を明らかにするジャーナリズムになれるのかどうか、そのことばかりを考えた。

 

映画らしい映画。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 映画 | 07:26 | comments(0) | - |
希望のかなた

久方ぶりのシネマテークに、久しぶりのフィンランド映画。

シリアのアレッポ出身のカーリドが貨物船に紛れてフィンランドにやってくる。アレッポで仕事から戻ると家が空爆で破壊され、妹を除いて家族皆が亡くなる。難民となってトルコからギリシャ、さらにハンガリーなどを経由してやってきた。

難民申請するが、アレッポは安全だとフィンランド当局から申請が却下される。その日のニュースはアレッポが空爆で何人もの人が亡くなったとテレビは報じている。強烈な皮肉となっている。

強制送還の朝、収容施設から逃げ出し、助けてくれる人に出会って、働き場所や滞在許可証を偽造してもらう。妹を探してくれる協力者が現れたりと働き始める。しかし、ネオナチの暴力にさらされる。

 

難民のドキュメンタリーのような映画だが、希望のかなたとは最初はアレッポの外。空爆にさらされた街の外側が「希望の向こう側」だ。その向こう側の一つがフィンランドだが、そこは必ずしも「向こう側」ではない。日本よりは桁違いに難民を受け入れているが、難民申請を公正に受け入れているわけではないし、難民への暴力が行政と街中にあふれてもいる。

だが、その向こうにこれを受け入れ、支援する日常もある。それが希望の向こう側だが、難民は傷つかずにいることは難しいことを象徴的に描いていた。

 

希望の向こう側は、それぞれがつくり出す以外にただあるわけではなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 映画 | 07:37 | comments(0) | - |
否定と肯定

現在公開中の映画の中では、一番の話題作。

 

アメリカのユダヤ人女性の歴史学者デボラ・リップシュタットが、大量虐殺はなかったとする“ホロコースト否定論”のイギリスの自称歴史家デイヴィッド・アーヴィングを批判した書籍を出版したところ、イギリスで訴えられた。その時の裁判を映画化したものが本作。

ストーリーなどは以下の公式サイトを参照されたい。

http://hitei-koutei.com/story/

 

映画冒頭、こうした歴史修正主義者が持ち出す4つの論点を主役のデボラ・リップシュタットに語らせる。すなわち、そんな命令は無かった、そんな大規模では無かったなど。

これは、日本における南京大虐殺はなかったや従軍慰安婦はいなかったなどの主張と同じ論理であることがわかる。

 

裁判は、アーヴィングによる歴史の偽造を暴いていく。命令の打電記録を修正していること、ガス室は防空壕ではなかったこと、青酸化合物はシラミ用ではなく虐殺用だったこと、何よりアーヴィングが人種差別主義者かつ女性差別主義者かつヒットラー信奉者であることを事実に即して明らかにしていく。

 

事実は大事だということ。

 

その上で、敢えて言うと、歴史における事実は、ホロコーストの存在の有無のような事柄、南京大虐殺や従軍慰安婦の存在のような事柄の場合概ね確定できる。だが、時代をさかのぼるとわからないことがそれなりにある。また、歴史研究の対象とされてこなかった事象は未解明なことがある。

また、しばしば忘れ去られるのだが、歴史を学ぶという局面では事実を教え込めばいいというものでもない。過去には虚偽をしばしば教え込んできた歴史がある。「科学的に」というのも怪しさを払拭できないできた。それこそ歴史学の専門書を読むといろいろな「通説」が存在し否定されてきた。さらに、子どもにも自由と権利があることを踏まえる必要がある。これらを引き受けた議論が必要だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 映画 | 08:34 | comments(0) | - |
ユダヤ人を救った動物園

動物園を運営していたジャビンスカ夫妻が300人あまりのユダヤ人を匿って助けた実話に基づく映画。

 

1939年、ヤンとアントニーナが営むワルシャワ動物園はドイツ軍の爆撃を受け、多くの動物が死ぬ。生き残った動物もやってきたドイツ軍に射殺される。

動物園で豚を飼うことにして、ゲットーからエサ用の生ゴミとともにユダヤ人を救出し、動物の檻のあった地下に匿う。ワルシャワ解放直前までのいくつもの危機を描いている。

困難なときにどの道を選ぶのかを問いかける映画。ユダヤ人に水一杯をあげただけで捕まる時代、密告されてその場で射殺される時代、支配する側に立ち向かって生きることへと誘う。

途中、コルチャック先生の有名なエピソードが織り込まれていた。ユダヤ人の孤児の世話をしていたコルチャック先生が、ヤンの助けるという申し出を断って、子どもたちと共に絶滅収容所行きの貨車に乗るシーンだ。恐怖の中を子どもたちと共にいる道を選ぶ。抱き上げられやすいように手を挙げる子どもたちをヤンが貨車に乗せる。

 

ユダヤ人を助けた女性の物語で制作も女性が多く担当していると映画紹介のTV。

現在のワルシャワ動物園となっているという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 映画 | 08:17 | comments(0) | - |
人生はシネマティック!

第二次世界大戦が始まってまもなくのイギリス。

国策プロパガンダ映画を作成する会社にライターとして働くことになったカトリン。

ダンケルクからの英軍の撤退作戦に協力した双子の姉妹をモデルとした映画を作るように英国情報省から依頼され、戦意高揚を目的とした様々な要求に応えながらシナリオを改訂していくお話し。

 

ダンケルクは、フランスに侵攻したドイツ軍と闘う英軍・仏軍が追い詰められて対岸の英国本国に敗走することになる地名。ベルギー国境に近い付近。この撤退作戦が成功することによって、また、敗退が戦意高揚につなげられたらしく、英軍の反撃につながったと言われている。先日読んでいた『イギリス現代史』にも論及があった。

 

プロパガンダ映画の制作なので、情報省の要求とそれへの対応の部分を見るとコメディだが、それを制作する人の側にとってはシリアス。

 

いくつかの映画や小説の有名な台詞が配置されているなと思ったが、特定は私の教養ではできなかった。ただ、死に生を支配させないというシェークスピアにもあった類似の台詞を反芻して映画館を出た。

 

 

 

 

 

 

 


 

| 映画 | 07:29 | comments(0) | - |
ドリーム

ものすごく久しぶりの映画。

もう一つの見たい映画「人生はシネマティック!」と迷ったが順番ということでドリーム。
ドリームの原題は、Hidden Figuresで隠された人物(数字)たち。
映画の中にキング牧師の実写があったりするからドリームでもいいけど。原題を尊重して欲しいといつも思う。

 

映画紹介にあるとおりの映画で、1960年代黒人差別と女性差別が厳しくあるなかで、NASAで宇宙船の飛行計算などをしていた3人の実在のアフリカ系アメリカ人女性が、差別の中でそれと闘いなから成功していく映画。
全体の構成は、「ハリウッド映画のつくり方」通りだが、楽しめる。
有色人用トイレが職場から800メートル先にあって、そこに走る姿が何度も登場したり、公民権運動の発祥の場所である座席が区分されたバス、あるいは分けられた水飲み場、分けられた学校、正規雇用されない黒人女性など数々の差別がコミカルに描かれる。
この差別を3人が能力で打ち破っていくということになっているので、つまり能力主義と接合しているアメリカンドリーム的構成なので保守層にも受け入れられる映画という側面もある。
だが、差別がひどすぎるので、そこを打ち破っている点で尊敬すべき3人として見ることができる。
| 映画 | 00:12 | comments(1) | - |
わたしたち

ユン・ガウン監督作品。

ソンは、親に残業代でもでないと何か買ってもらったり海に連れて行ってもらえない庶民の子。小学四年の日本風の歳の数え方で言うと10歳のいじめられっ子。

冒頭シーンはドッジボールの組み分けで、ソンは最後までどちらのチームからもとってもらえない。ゲームでは一番最初に当てられ、外野でボールは回ってこない。

誕生日パーティに呼ぶからと掃除を交代させられ、教えられたところは知らない家で、友達のいない子。

そこに夏休み直前にジアが転校生としてやって来る。初めてできた友達として、休み中は、まあ仲良く遊ぶ。休みが終わって学校が始まると、ジアはボラたちと遊ぶようになる。ソンは関係を修復したいと思うが、行き違いがいくつか起こる。

ジアは裕福で成績がよいが、親の離婚と再婚問題、かつていじめられっ子だったことなど諸問題を抱えている。ソンが、ジアのいくつかの嘘を行き違いからクラスの子にばらしてしまって更にケンカとなる。

ソンの弟ユンの話しがきっかけで、ジアとの関係の修復を図ろうとする。そういう小学校中学年くらいの子どもの関係を中心に描いている。いじめと映画の紹介にはあったが、いじめもあるが日本の基準からすると、ソフトだ。

 

この日の上映にも監督が登場してインタビューがついていた。

この映画は監督の子どもの頃の体験をベースに脚色されていると述べていた。

現実は必ずしもうまくいかなかったらしいが、二つの台詞が印象に残った。

一つはソンが「誤解は解かなければ」という台詞。

もう一つは、ユンの「ケンカばかりしていていつ遊ぶの?」。

 

この映画には、子どもたちが思わず意地悪したいと思ってしまう原因となる出来事がほんとうにたくさん描かれている。親に愛されている行動を見ると、愛に満たされていない思いの時には、愛されている子に意地悪をほんのちょっとしてしまう。そういうちょっとした嫉みなどなど。

だから、そこに生まれた誤解を解くには、意図を正確に伝えることなのだ、と。その果てに「わたしたち」という主語が誕生するというメッセージがあるようだ。(日本じゃ「誤解」と言う側が間違っていることが多いが。)
3本の映画の中で、これが一番ドラマがある。
東京や愛知などは、9月下旬から封切られ、その後全国に。


 

 

 

 

 

 

| 映画 | 06:16 | comments(0) | - |
夜、逃げる

名古屋城の石垣。観光用のニセ本丸より今を象っている。

 

単館上映だとみないだろう作品だが、行ってみた。

山田佳奈監督初映画、主演は菅原佳子さん、上映後にまたまた二人へのインタビューがついていた。

作品は、29歳の売れない女優が高校の同級生とバイト先の漫画喫茶で偶然出会う。同級生は振られた彼氏につきまとっている。高校時代のこと、今のことを語り合うというか「言いあう」映画。

言い争う日本語文化が29歳よりは私にはもっと若い世代に見える。また、若者の階層的には、上層や最下層でもない中間層という感じがする。ドラマ好きの私からすると好きにはなれないタイプの映画。監督は劇団を主宰しているそうだが、かつてマイナーな小劇場や大学生の演劇部の演目のような構成に写った。そこの先がねらいなのかもしれないが、まだ先ではない気がする。

途中の相手への怒りが嘘っぽく見えてしまうのは、もう少しなんか相互関係がないと次回は見ないかもしれない。けれど、劇団を始め、映画を作ってしまうところへと歩みだすエネルギーは良いよなと思う。

 

今日も「わたしたち」に行きたいのだが、間に合わないかもしれない。その時は断念。

今日が過ぎると後期、秋学期というらしいがなじめない言い方が徐々に始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 映画 | 07:34 | comments(0) | - |
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