CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< June 2018 >>
                                 
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
教室で教えるということ
教室で教えるということ (JUGEMレビュー »)
岩垣 攝,子安 潤,久田 敏彦
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
ARCHIVES
CATEGORIES
                
不信の中の信

人間不信、いや言い過ぎか?感じとしては「教育このよきもの」とは思えないという辺りだろうか。

何故かは聞かないが、教師の表通り風の言葉はそのまま信じないことにしているらしい。

たしかにそういうトーンがどことなるある。

 

にもかかわらず、教師インタビューの発表の終わりに、かつての担当の教師から「『卒業してもこうして訪ねてきてくれるのがうれしいよ』と言ってもらえた」と席に戻った。

「あれ、教師不信じゃなかったの?」と心の中で思った。

 

これが矛盾じゃないとすると、以前に信じることのできないない事態に直面したが、信じたいと思うつもりをなお残しているということか?

本人は、そのことに気がついたかな?

 

それとも単なる言い回しの間違い?

今日は三重までと、ちと遠い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 06:38 | comments(0) | - |
難と易

この時期恒例の勤務先のスポーツ大会。

クラブに運営担当種目が割り振られているらしいので、直接参加者数は変わらないのだろうが、ギャラリーは昨年より少ない気がする。

 

左が参加してもらった今年のタオル。

 

出番を待つあいだに学生の感想シートを読む。

学生にやってもらってできない課題だったらしく、「中学高校向き」などと何人かが記している。

「むつかしい課題は上で」などという見方は、間違っている。

易から難への配列の原理をそんなに拡大したら間違いだ。

ほ乳瓶の子に箸は不可能だから間違いだが、むつかしい課題から取り組むから面白いことだってある。

学生のある種の優しさなのだろうが、思い込みだなと思う。

 

また、易しいものから解いていくと難しいものも解けるというのもこれまた間違いだ。そんなことができるくらいなら、学問の困難は減少する。積み上げだけで新しい地平が開かれるわけではない。

飛躍は跛行的に発生することもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 暮らし | 06:31 | comments(0) | - |
TALISシンポのデータ

6月3日に行われたTALISシンポのキーノートの資料が独立行政法人教職員支援機構のHPにアップされた。

http://www.nits.go.jp/generate/402.pdf

 

その20頁目に教師の専門性の三つの指標に関する国際比較のグラフがある。是非参照してほしい。

自律性の極端な低さが、OECD諸国の中でのランキングを下げていることがわかる。

他方で、このデータの根拠も含めて検討が必要だと思う。

というのは、データをどうとっているのか議論の余地があるからである。

 

シンポジウムの登壇者の資料もアップされているのでそこを見るとわかる。以下にある。

http://www.nits.go.jp/generate/403.pdf

 

このデータに含まれているエビデンスデータの限定の仕方は倒錯しているように私には思われるのだが、どうだろうか。

見えるものだけ見て政策に反映させるなどということがあっていいのか。もっとあの人たちは端を歩くべきだろうと思うのである。

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:25 | comments(0) | - |
看取りー見取り

介護と医療の世界で「看取り」という言葉が使用されるのは理解できる。

しかし、教育の世界で「看取り」時に「見取り」という言葉を使用する一群の人々がいるのだが、私には違和がある。

 

看取りは、国語辞典の類いでは「病人のそばにいて世話をすること。また、死期まで見守り看病すること。看護。」という意味だ。

看取りを見取りに漢字を変えても違和感は消えない。
看取りは、病人の世話をすることとなっているが、子どもは病人か?
字の当て方でニュアンスの違いがある。
ネット上の辞書にある様々な字の「みる」の語義の部分を私が分類すると以下のように解せられる。
〇覲个砲茲辰董∧の形・色・様子などを知覚する。
内容を理解する。
B減澆魍稜Г垢襦
と獣任垢襦I床舛垢襦
ァ福峇任襦廚箸盻颪)悪い事態にならないよう、気を配って世話をする。 
Ψ亳海垢襦
これらの「みる」のうち、「みとり」はい發靴はイ琉嫐だろう。
すると、どうも、悪い事態にならないように世話をするというニュアンスが前面に出る。
しかし、教育の場面で想定すれば、悪い事態かどうか決まっているわけではないだろう。
子どもの今を分析すること、もしくは子どもの今の認識状態を理解ないし把握することを指すということだろう。
世話・ケアをするというと、教師の側に飲み込んでしまうニュアンスがある。分析ぐらいが一番中立的ニュアンスの言葉だろうか。見た後に何らかの対応が想定されているわけだが、そうした応答は、状態が悪いからとは限らない。そう思うのである。
自分からは「みとり」と今後も使わないだろう。
| 暮らし | 06:44 | comments(0) | - |
研究会の案内ーリマインダー

リマインダーとして研究会の案内と私の役割の記されたメールが事務局から届いていた。

「こういうのをかっちりとよくやるなあ」と思う。

数時間前に、無関係なものを関係づけた一文を見て、なぜこのような誤りもしくは思い違いが発生するのか?と思っていた事柄があったので、きわめて対照的。

 

不注意で本を買ってしまった。鷲田の本だと思ったら、監修に過ぎない。家に帰ってから気づいた。しかしこれは戦略だろう。なぜなら、鷲田の名前だけ浮かび上がる目立つ帯がつけられている。しかしまあ、目次を見ると読んでもいい気がする小見出しが並んでいた。

 

人が間違うのは、脳内におけるイオンの発火は単一ではなく、関連情報が多数同時に発生するためらしい。しかもその発火はイオンの量によって変動するらしいので情報を得た時とそれを後に想起した時とでは変化するらしい。ともかく間違いは・誤りはやむを得ないのだろうが、それにしても雲泥の差という事態は回避しうるとなお信じて研究をしたいと思う。

 

日本教育方法学会 第21回研究集会 開催要綱
日時:2018年6月10日(日)13:30−16:30(受付13:00〜)
場所:大阪教育大学天王寺キャンパス 西館1階第一講義室
※アクセスについては、下記をご確認ください
https://osaka-kyoiku.ac.jp/campus_map.html

テーマ:教育実践研究におけるデータとは何か−データの収集と考察の現在−
趣旨
教育方法学にとって、授業実践や教育実践という総合的営みのどこに焦点を合わせて、いかなるデータをとるかは研究の成否を分ける基本問題です。臨床的な研究にとって、研究課題の設定とそれにふさわしい実践データの収集と分析は、基礎的作業です。地道な作業ですが、この分野にも理論研究からの影響であったり、データ収集の新たなアプローチが試みられたりするようになってきております。
そこで、意欲的に研究データの開発とアプローチの革新を試みている会員に報告をお願いし、それぞれのアプローチを交流・検討することを通じて、教育方法学研究の新たな前進や実践の従来の見方の革新につながることを期待してこの研究集会を企画いたしました。このことを通じてベテランにとっても若手にとっても研究データを取り扱う作法を振り返る契機にしたいと考えました。多くの会員の参加を期待いたしております。

司会者:池野範男(日本体育大学) 西岡加名恵(京都大学)
提案・発表者
坂本將暢(名古屋大学) 工学的アプローチによる教育実践データの分析と意義
中坪史典(広島大学) 映像や写真を介して教師(保育者)の多声的な語りを収集する:文化を反映する教育(保育)実践を描き出す試み
八田幸恵(大阪教育大学)生徒のノート・作品・成果物を公刊し授業研究への多様な人々の参加を促す:教室における目標と評価の豊穣化のために

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:13 | comments(0) | - |
管見

管見の言葉をそう多くはないが、何度か使用した記憶がある。

どこに書いたかは記憶がないが、使ったと思う。

 

出典は、荘子に由来し、「管を以て天を窺う」から来るらしいが、これまた原典を読んだことはない。
視野が狭く、わずかな見聞で、勝手に類推して自分勝手な判断を下すこと、という意味が基本で、なかなかきびしい。だが、そう言うことで謙遜した言い回しというニュアンスも現代ではある。

 

むつかしいのは、どの水準を超えると管見と言わないのかという点である。かなりデータを集めて、詳しい考察を加えている場合にもその言葉が使われていることがあって、管見と非管見の境はよく分からない。

 

この言葉を使う人は、少なくとも、管見ではわからない世界が当該領域にあることを知っている必要がある。管見かどうかわからない人が、管見というのはおかしいからである。

あるいは、管見ではわからないほどの事柄を自己の内に何か一つは持っている必要があるだろう。それと比べて謙遜して用いる言葉だからである。管見というしかない事柄で満たされた人が、管見というのは奇妙と言える。熟知した世界があって、そこまでは知らない世界にコメントする位置関係が必要だろう。

 

そう考えると、謙遜しているようで、そうでもない言葉とも考えられる。

 

そこで自己を振り返ってみると、その言葉を使う資格があったかどうか怪しくなる。

管見の限り、そう言えるだろう。

この用法はあっているだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 06:29 | comments(0) | - |
もう一つに何をみる

地域で一番早い夏花火。

もうすぐ梅雨となって暑い夏。

先月の15日の中教審初中部会の配付資料に高等学校の学習指導要領の改訂の特徴をまとめたものがある。
そこに、「・オリンピックやパラリンピック等の国際大会は、国際親善や世界平和に大きな役割を果たしていること、共生社会の実現にも寄与していることなど、スポーツの意義や役割の理解(保健体育)、障害者理解・心のバリアフリーのための交流(総則、特別活動)」とある。
どの階梯の学習指導要領にもオリ・パラが取り上げられている。
教材としてなら理解できるのだが、そして体育になら理解できるのだが、そこを越えて「改訂の特徴」の一項目にまでランクが上になるのは理解できない。
オリパラなのに、スポーツの意義は三番目に記されていて、一番目は国際親善だ。この順番に不純な意図を読む。
あらゆる物事に、もう一つの意図と姿を見つけようとすることは騙されない知恵とも言うが、そういう消極的な位置づけではなくて、事実の多元性を真としてみることなのだろう。色に色なく電磁波の感応に過ぎない。けれども、その感応が色として多彩でもあるとしるともう一つ別の世界が立ち上がるように思われないだろうか。


 

| 暮らし | 07:03 | comments(0) | - |
バッタ

共用部の玄関を出ようとしたらバッタが止まっていた。

スッと中に入ろうとしていた中学生も、「何?」とちょっと笑顔でもどってきたので自動ドアが閉まってしまった。

 

ここのほとんどの子たちが学習塾や地域クラブに行っている。近所には交差点ごとに学習塾がある。一つの低層ビルは、一階以外は学習塾と音楽教室ばかりが入居している。

 

夜間にすれ違う親子連れは塾の送り迎えであることがおおい。

大変だな、といつも思う。

 

中国の高校三年生は、朝6時からの補習に始まり、夜は10時まで。それからさらに家で勉強して、一日4時間睡眠で試験にのぞむという。中にはもっと睡眠時間を削る高校生もいるという。これは、ひたすら暗記タイプの勉強だ。

 

ひたすら暗記へと動員する潮流がなお大きいのだが、別の流れもある。

どの流れにのるとしても、目的が外からやってくる不穏が気になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 暮らし | 07:50 | comments(0) | - |
第21回研究集会案内

あと1ヶ月を切ったので、広報。

教育方法学会の研究推進委員長としての業務。

教育実践研究をテーマに開催する。

実践そのものが示されなくなっているが、実践そのものこそデータの源泉。しかし、源泉を並べるだけでは研究ではない。意識的問いかけと切断が必要。そこに報告者の三人がそれぞれにアプローチすると面白いんじゃないかという着想。

以下は、案内のHPからのコピペ。

 

日本教育方法学会第21回研究集会

教育実践研究におけるデータとは何か
−データの収集と考察の現在−

教育方法学にとって、授業実践や教育実践という総合的営みのどこに焦点を合わせて、いかなるデータをとるかは研究の成否を分ける基本問題です。臨床的な研究にとって、研究課題の設定とそれにふさわしい実践データの収集と分析は、基礎的作業です。地道な作業ですが、この分野にも理論研究からの影響であったり、データ収集の新たなアプローチが試みられたりするようになってきております。
そこで、意欲的に研究データの開発とアプローチの革新を試みている会員に報告をお願いし、それぞれのアプローチを交流・検討することを通じて、教育方法学研究の新たな前進や実践の従来の見方の革新につながることを期待してこの研究集会を企画いたしました。このことを通じてベテランにとっても若手にとっても研究データを取り扱う作法を振り返る契機にしたいと考えました。多くの会員の参加を期待いたしております。

 

日時:2018年6月10日(日)13:30〜16:30(受付:13:00〜)

場所:大阪教育大学天王寺キャンパス 西館1階第一講義室

司会者:池野範男(日本体育大学) 西岡加名恵(京都大学)

提案者:
坂本將暢(名古屋大学)
「工学的アプローチによる教育実践データの分析と意義」
中坪史典(広島大学)
「映像や写真を介して教師(保育者)の多声的な語りを収集する:文化を反映する教育(保育)実践を描き出す試み」
八田幸恵(大阪教育大学)
「生徒のノート・作品・成果物を公刊し授業研究への多様な人々の参加を促す:教室における目標と評価の豊穣化のために」

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 06:41 | comments(0) | - |
学内投票所

勤務先に期日前投票所が設置されていた。昨日と今日の二日間だけ設置されるらしい。

 

18歳選挙権に制度変更された頃からいくつかの大学が設置しはじめた。

勤務先の学生の関心は今ひとつのようだ。

市長選と市議補選だから、春日井に住民票がないと投票権がない。市外の学生の方が多い所為もあろう。

つまらない道徳用読み物教材を取り上げているより、候補者に意見を聞いたり、質問を出す話し合いをする方がずっといいだろうと思う。

 

ところで、近所で投票できてよい制度だという見方もあるが、保守化した学生の票を集めたい制度だという意見もあるようだ。私は、悪くはないと思う。

 

それよりも選挙をやっているんだかやっていないだかわからない選挙運動の規制を廃止した方がよいだろう。宣伝や戸別訪問に規制をかけ過ぎで、宣伝カーの姿形を見たことがない。これでは投票に行こうという気にならない。

 

大学の地下はリニア新幹線が通るらしいのに何の反応も聞かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 暮らし | 06:44 | comments(0) | - |
| 1/194PAGES | >>