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教室で教えるということ (JUGEMレビュー »)
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教育学会で

昨日の夕立、というより雷雨の後の虹。

栄方向に見えた。

日本教育学会大会が8月25日から桜美林大学ではじまります。

3年間の科研のまとめをここで報告します。

 

私たちの発表は、8月26日(土)の午前中10時30分から桜美林大学 太平館というところらしい。
発表順に、三石初雄、坂井俊樹、山田綾、子安潤の4名。

学会員でないと聴けませんが、参加費が必要ですが臨時会員制度があります。

臨時会員の参加費は5000円。公開シンポだけなら500円。

 

公開シンポは以下。

15:15 ~ 18:15 太平館 A200 レクチャーホール
シンポジウムI(公開・国際シンポジウム)
American Educational Landscape and Emerging Resistance
司会者

鈴木 大裕(NPO 法人 SOMA 副代表理事/コロンビア大学大学院) 世取山洋介(新潟大学)
報告者

Dr. Bareter Taubman(ニューヨーク市立大学ブルックリン校教育学部教授)

Dr. Barbara Madeloni(マサチューセッツ州教員組合委員長)
指定討論者:佐藤  学(学習院大学)
鈴木 大裕(NPO 法人 SOMA 副代表理事/コロンビア大学大学院)

 

 

その他は学会のHPを参照ください。

http://www.jera76.jp/common/pdf/program.pdf

 

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| 暮らし | 06:31 | comments(1) | - |
ドングリの落ちるところ

散歩ジョグの公園に団栗が落ちる時季になった。

京都に団栗橋というところがあったことを思い出した。そこには団栗を落としそうな木はなかったが、かつてはそこに大きな団栗の木があったという。今はなくても、団栗と名乗ってもいい気がする。
先日、書店で高校数学のアクティブ・ラーニングを「売り」にした本が並んでいるのをみかけた。実践を提供した人はいろんな困難の中で取り組んだんだろうと思う。
しかし、実践をALを「売り」にしてしまうと外れであった。手にとってすぐにわかった。団栗の落ちるべきところに銀杏の実を落とした本となっていた。この本は、このタイトルで刊行されるべきではなかった。
ALというほどのこともなく、数学の内容的吟味もない。論旨はすでに刊行されている本の三番煎じ。
その向かいには、コンピテンシーを形成する技法が羅列されていると思わせるタイトルの本があった。これまた中身は看板に偽りありという構成であった。もう言い尽くされたような技法が概説されていた。
他方で、注文した本が郵送されてきた。こちらは、これまでに稔らせた実を集めただけでなく、どう育てたかを想像させる本となっていた。山本政俊『高校生と考えた憲法・平和の授業』である。
団栗は落ちるところに落ちてこそ
| 暮らし | 07:34 | comments(0) | - |
自分を関与させる

家並みに「それぞれの人の暮らしがあるんだろうな」と視線が知らない街の先に動く。

ニュースのトランプは「ひどい」が、それを理由として大統領の諮問機関を辞任する人が米国にはいるんだ。さて日本では?だれだろう?首相や大臣発言を理由として政府委員を辞めた人いるのだろうか。
オバマ演説が評判だという。元を探してみた。
No one is born hating another person because of the color of his skin or his background or his religion...""People must learn to hate, and if they can learn to hate, they can be taught to love..."For love comes more naturally to the human heart than its opposite." - Nelson Mandela
と三回に分けてツイートされていた。
ほぼマンデラの引用だった。主張の趣旨はトランプと違っていい。
だが、憎しみより愛が自然かどうかはわからないと思う。感情としては正反対だが同じメカニズムのものだったはずだから、自然かどうかわからないと考える。
支持の意味の拡散がたくさんなされている。すごい数だ。社会的にはささやかだが意味はあるだろうと思う。
ここで、自分を関与させるとは何かということを考える。時々考える。
かつて批判していた人の別の発言で天まで持ち上げたり、その反対をみることがある。そんな時、持ち上げたり下げたりする人を「信用できないな」と思ってしまうことがある。状況が違うし、全否定じゃなかったんだろうと念おうとするが、そう思いにくい場合がときどきある。
自分を関与させずに賛成したり反対したりしたことなんだろうと思ってしまう。人にはいつも誰にもあることだと思う。だが、その関与させていないことが彼我を彼岸此岸におくことになって、信頼度を下げてしまう。
これは事柄の社会的な意味での重大さと関係なく発生する。
自分を関与させてものをみる。そうありたいと時々思う。
| 暮らし | 07:35 | comments(2) | - |
どっちでもどっちも

公式には8月末が締めきりの原稿を書く意思が固まらない。

言葉の詮索や枠組みを示すことが課題というハンドブックとなるからだ。

 

中身は「生徒指導」と「生活指導」。英語では同一の単語guidanceとされる。

ただ、生活指導という言葉は、英語の訳語から始まったわけではないとされる。

戦前の教科の一つだった綴方科の中で使われ出したらしいという指摘があるが、誰が最初なのかは不明。

 

戦後は、文部省も学習指導要領などでも生活指導の言葉を使っていた。

 

生徒指導という言葉は戦後になって中高生を対象にした通達などで使用された。文部省によるこの言葉の一番古い使用としては「初等中等教育局の所掌事務として「生徒指導」が規定された」としている。だが事務仕事の範囲に用いただけの話しで、意義があるとは思えない。1950年代半ばには文科省が「生活指導研究協議会」を開催したりしている。

 

文部省が明示的に「生徒指導」の言葉を使うようになるのは、1964年からで、1965年には生徒指導資料第1集「生徒指導の手引き」を作成して配布する。生活指導ではなくて、生徒指導という言葉を使うようになった。ただその対象は、先の手引きの配布先が中学と高校に限られていたように、中高生だった。

 

これがおかしなことに生徒指導を「機能」と規定したものだがら、小学校も「生徒指導」という言葉で包含させたくなったが、小学生に生徒という言葉を当てる慣行はなじまず、小学校には広がらなかった。

その後改訂版を出して、さらに「生徒指導提要」を2010年に刊行し、生徒指導という言葉の拡大と普及を図っている。法令的に児童生徒という言葉が先に使われ、言葉の使用慣行もあるので、生徒指導をすべての子どもを対象に使用するのは無理がある。

 

学問用語としては、生徒指導は生活指導の実践と理念とで違いもある。これは、生徒指導が米国流のガイダンス理論を最初受け入れた歴史と関わる。その後の展開はゼロトレランスなどの動向を文科筋系の人はすぐにインフル感染するので、そういう強面系とガイダンス系が混在した枠組みで「生徒」に向き合う手法を語る傾向がある。

たいして「生活指導」は、乳幼児から高齢者までを対象とし、とらえ方は「生徒指導」の用語にこだわる人々よりずっと多様な把握がある。
以上のような話しを多少文献的引用か参照を付して書かないといけない。だいたい事実の普通のとらえ方を並べただけなので、それ以上踏み込むつもりはないせいもあって、執筆意欲に今ひとつ欠ける。どっちの言葉でもいいとは思わないのだが、どっちも触れないわけに行かない。これが見出しの理由。
どこかに執筆の意義を探し中。
| 暮らし | 07:38 | comments(2) | - |
話題のグアム

グアムにミサイルだかなんだを飛ばすとか、飛ばしたいとか、撃墜できるといいなとか、無理だろうとかワアワアと言い合っている。ほんとうに飛ぶまでは無邪気な子どものようだ。この無邪気は大人の偽装だ。

 

昨日は、そのグアムを占領していた日本軍が「玉砕」という全滅をした日だった。

読みかけの西村京太郎の『十五歳の戦争』集英社によれば、つくることにされた防空壕は当時の爆弾が落ちたら役に立たないとすぐにわかったという。現代の武器ではなおさらだ。

 

西村京太郎が陸軍幼年学校経由とは知らなかった。西村は当時のエリート中のエリートということになる。西村が言うには、そこを志望したのは、十九歳で徴兵されたとき士官になっているために志望したと言う。この事例から、子どもが純粋というのは嘘だと西村は断言する。私もそう考えてきた。子どもが純真とか純粋とかいうのは幻想だ。無邪気とは、限度を知らない餓鬼のことだ。松本清張の伊豆を舞台にした小説もそういうトーンで書かれていたものがあった。

そういえば、以前の同僚にも幼年学校出身者がいた。日常は礼儀正しくきちっとした印象の方であった。生まれがどちらも1930年、入校してすぐに敗戦となった。

 

人はなんてだまされやすいのだろう。鬼でさえ邪鬼が無いと呼んでしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 00:25 | comments(0) | - |
原爆忌に福島

原爆忌に広島にいたことはあるが、今年ははじめて福島にいる。

戦争法以後にある社会で平和の希求は格別に意義深い。

 

安心をフクシマとの関連でいかに考えるかは、論争的だ。

米の全袋検査によって放射性物質は昨年は検出されていない。だからその限りで安全と言える。だが問題は、その検査機器で検出できているのかという問いが提出されている。これに事実で応答する必要がある。検出限界値や検出可能な放射性物質に限定がある。そこを示した方が、その検査を行っていない産品より安全ということが伝わるように思われる。

また、これは、米だけで、他は全部を検査する体制が整っていないものが多々ある。一番は魚類。これは全くといっていいほど無意味な状況にある。フクシマの港に水揚げしているわけではないからである。

そういう国でそういう対応しかしない政権で暮らすということを考えなければならない。

 

昨日の伊藤報告は、WSの問題点を明瞭に示すものとなっていた。WSの外形的活動性が貧困な学習を生む。これを超えるにはリアリティだという提起がそこにあった。ここに学びたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:21 | comments(0) | - |
探索の旅

まもなく福島と静岡に向かって移動を開始する。

目的は、実践を探すことが第一。

第二は、私が報告をするため。

その他数え上げると色々あるが、上記の二つ。

 

ずっと昔のこうした研究会への参加に触れた文章を読むと違った目的に出会うことがある。

多いのは啓蒙的動機である。

啓蒙する側であったり、啓蒙される側であったりと立場は異なるがこの二つが上位にあるという実感がある。(実感であって数ではない。)私が読んでいるぐらいだから、当時はまだ無名であることもあるが、比較的有名な研究者であったり実践者であったりする。

その次は仲間作りというのか、同士の発見というのか、そういう人を探すことが目的となっている気がする。

戦中は上からのアジ演説みたいなものが多かったようだ。

戦後はコア連の研究会、民科や草創期の民間研究団体への参加記に上記に該当するものがある。なにより文部省筋に近いところのものは、最初は啓蒙的な性格ではじまるが、すぐに研究であることをやめて研修となり、命令一下の伝達講習という儀式という性格を極端に強めている。

 

啓蒙的性格をじょじょに民間団体は弱めるが、一つの方式を発見すると絶えず啓蒙化の顔がのぞくことがある。しかし、これを正す人々が他方にいる場合には前進する。遠山啓に関する著作広告を昨日見つけたが、氏の業績は偉大だと思うが、これを絶対化すると量の指導の範囲で終わっていた。量分数と割合分数の間のような教育実践的な地平は開かれなかったに違いないと思う。同様のことが各種団体に言える。

実践研究的発見も絶えず見直される対象に、つまり批判の対象にする団体と個人だけが今を前に進める。そういう発見をそういうまなざしを持って出かけたいと思う。

 

かつて大西忠治が仕切る分科会にいたことがある。氏は、報告文書に赤い書き込みが満載されていた。読み研の線引きはそこからきているのではないかと思う。

私は中心部分にしかメモを残さないが、氏の姿勢はそこに現れていたと思う。(ただし分科会運営がよかったかどうか意見があるかもしれない。)

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 06:45 | comments(0) | - |
終わり方研究

あらゆるものには、始まりと終わりがある。

世の中の研究において、この2つはいつでも中核的研究対象だ。宇宙の始まりと終わり、社会の始まりと終わり、人の始まりと終わりetc。

 

退職後の暮らし方が気になる年齢となった。

Iさんは、「教育現場を卒業する」とあった。これは単に退職するという意味ではないだろうとブログ記事を読んだ。

聞くところによるとMさんは、地域運動に専念すると宣言されたと聞いた。しかし、過日、講師として話しをされたと聞く。

Yさんのようにずっと退職後もサークルも教育運動も揺れることなく続けている方もいる。

すぱっと方向転換をされて農業を開始した方も、引きこもった方も、教育運動や研究にかかわり続けている方もいる。

選択は多様にある。

 

それぞれ個人の意思もあろうが、周囲との関係もあろう。退職まもなく連れ合いの方を亡くし、喪失感から社会的つながりをほとんど断ち切って暮らしている方もいると聞いた。

表向きの暮らし方だけでなく、むしろその選択の意図や意味づけ方を知りたいものだ。

 

運動と研究には終わりがない。

しかし、人には終わりがある。

だから当人の意図と無関係に必ず終わりはやって来るが、かかわり方の変化が相互に発生するそのプロセスをどう越えていくのかはまだ研究が足りない。

 

さしあたり、論じたいことが浮上する間は、今の仕事を続けようと思うが・・・

解はまだない。研究は始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 06:29 | comments(0) | - |
半期の感想から

庄内川に架かる橋の上からの一枚。雨がひどくて渋滞。

19号のこの付近は、自衛隊車両をよく見かける。空にも航空機。勝川周辺は小牧基地への進入経路にあたるらしく低い位置を飛んでいる。

 

講義は半期を終え、評価をつける週となっている。学生は学生で規定のアンケートを書くらしいが、私は書式のない感想を書いてもらっている。

 

「難しかった」これが一番多い。たぶん全員だ。聞いたこともない論理が紹介されたらしい。今後も難しさを維持するつもり。

続いて「面白かった」。発見があって面白かったと言っていると解釈している。「難しい」と連動しているのだろう。「考えたこともないことを考えさせられた」などの感想が取りあげた具体例とつなげて記されていたのでそう考えている。他の学生の意見を聞けた、対立する意見が紹介されていたなどと書いてあったことも関連しているだろう。

他には考え方を学べたなどというのもかなりあった。

 

少数派では「パワーポイントを使ってなかったのがよかった」とか、「来年も受講する講義があればとりたい」というのもあった。「もういい」と言わせる教師の方が優れた教師だと言ったのに惜しい。

 

もうすぐ学生の文章を読む苦行からとりあえず解放される。

そうして各種研究会の季節。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 暮らし | 07:31 | comments(0) | - |
再びのわれもこう

テレビでは原子力委が「原発が低コストの電源」と嘘を並べている。

続けての報道は、「防災を世界に」と人の話を聞かない政治家の営業活動。

 

前期最後の講義にもう一度、岸田衿子の「われもこう」を送った。

秋の花で今回も季節外れだが、もう一度。

 

われもこう
 

うたをうたうのはわすれても
ゆうぐれののべの花は目にのこります
都をでて 中仙道をバスにのって
バスをおりてから 橋をわたり
手をふった人の顔をわすれても
のべのほくろのような
えんじ色の花が 目にのこります
川の音が とおくなり
きのうの電話の声をわすれても
のべには のべのしずけさあふれ
花々に 花々のつぶやきあふれて
わたしは わたしを見失います。

 

前は、一年を振り返って何が残っただろうか?と問いかける入り口として読んだ。つまり、無数にある忘れてしまったものを含めて、その一つ一つに経験と生があると。

 

今回は、忘れるものは人の行った事柄、のこるものは自然の花々。

人との交わりはうつろい消えていくけれども、自然の営みは関係なく続く。

私も人も自然の営みのなかでは消えてしまうが、自然の営みは続く。

それでも人は自然の中にどんなときをつくるのかと読んでみた。

 

なお違う気がしてくるが、またそのうち考えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 暮らし | 06:38 | comments(0) | - |
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