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教室で教えるということ
教室で教えるということ (JUGEMレビュー »)
岩垣 攝,子安 潤,久田 敏彦
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交差点を行く

「行」という字は、てっきりまっすぐ進んでいくこととばっかり思い込んでいた。おそらく、行列のような直線をイメージしていた所為だろう。

 

しかし、漢和辞典によれば、「四辻の形にかたどり、とおり道の意を表す」とあった。十字路の形が古い字形であった。

ただの「とおり道」なら二本線でいいものを、四辻にあたるところを切り出して、とおり道とし、それを「とおること」「行くこと」とした点が私には誠に興味深い。
行くことは、道をまっすぐ進むことではなくて、やってきた道の先へ進むことだが、そこは3つに分かれてる。どれを選ぼうとも行くことである点で同じこと。しかし、行くことは、同じではない。
今日はどこへも行かずに居ようとも、やはり過ぎゆく時を行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:58 | comments(0) | - |
夏目漱石

十川信介、岩波書店、840円と税金。

 

明日は漱石没後100年。

本書は、生い立ちから、子規との交友、ロンドン留学をへて作家となったころの生活ぶり、中盤からは、著名な作品とその執筆の頃の様子が記されている。

 

少々前に漱石の妻を主人公としたドラマが放送されていたが、妻の鏡子が寝坊だったといったキャラクターは、史実と対応するらしいことが本書で確認できた。

 

小泉八雲の後釜として一高の教師となった最初は、講義の評判は散々であったらしい。その後は、評判を回復したらしいことが記されている。

 

文部大臣が学生の思想に訓令を出した時(明治39年6月9日)には、それを批判する意図で「二百十日」を執筆したとある。

同様に有名な博士号返却など部分的に反骨の人だったことが記されている。

 

皮肉のきつい人だったことが各所に記されているが、そういう漱石が死にかけたときにひどく多くの人が心配してくれたことを契機に反省をして、鏡子にやさしい言葉を始めてかけたらしい。そうしたことを十川は、自身が個人である自覚は早かったが周囲の人間も同じ個人であることの発見が遅かったという趣旨のことを述べている。

 

その他の私の発見は、ちゃぶ台の普及が明治30年代の初めであったこと。それまでは個々人の膳にのせて黙々と食べていたので、食事中の会話も少なかったということなどいくつか。

 

作品ごとの内容に踏み込んだコメントは好きな人にはいいだろうが、少々煩瑣だった。


 

| | 07:42 | comments(0) | - |
あたらしい憲法草案のはなし

自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合著、『あたらしい憲法草案のはなし』、太郎次郎社エディタス2016年、741円と税金。

 

平成24年(2012年)4月27日に自民党が発表した「日本国憲法改正草案」を中学生が読んでわかるように解説した本。自民党が作成した本ではない。誤解してはいけない。「自爆連」という名前がその趣旨を表している。また、自民党案の内容を知ったら現行憲法とどっちがいいか判断できるでしょ!という趣旨だ。

 

敗戦後『あたらしい憲法のはなし』が文部省によって作成されたことにならって作成したとある。

自民党憲法案と現在の憲法との違いが鮮明に提示されている。

 

現在の憲法三原則は、国民主権、戦争放棄、基本的人権の尊重だ。

自民党のあたらしい憲法草案は、国民主権の縮小、戦争放棄の放棄、基本人権の制限。

 

きわめて端的に紹介されている。紹介部分に論評はない。

ひたすら現行憲法と条文が対比的に提出されている。

政治学習に使える。

 

後ろには、敗戦後の文部省の『あたらしい憲法のはなし』の抄録、憲法と自民党案とが上下二段に並んでいる。

これまた便利。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | 07:05 | comments(0) | - |
まとめサイトの今朝の変化

DeNAのインチキ情報サイトが閉鎖になって、怪しい同業サイトがようやく閉鎖のようだ。

 

Yahoo!の怪しいニュースサイトも今朝は変動している。

偶然の可能性も捨てきれないけれど、あれほど多かった右派っぽい記事を載せていたところが、今朝は一つもない。

Jなんとかなどだ。

 

独立系ニュースでは、安倍政権による情報操作の記事がアップされている。

これに関することの真偽は私にはわからないが、まとめサイトの記事を今後も信頼する理由はない。

そういう社会ではない。

カウンター情報と共に動向として位置づけてあげるまなざしが必要だ。

 

生物が視覚を獲得して、他の存在を知るようになったのだそうだが、今は見えない先まで見えると信じるようになったので、他の存在の確かさと不確かさを捉えるもう一つの感覚が必要となっている。

人はどんな感覚を獲得するように進化するだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:29 | comments(0) | - |
貧しさに底なし

私の中では、オーストリアのやり直し大統領選挙が関心事であった。

というのは、教師の政治的自由を保障する側の教育と社会の空気が存在すると認知してきた国だったからである。

今年も、一度触れたように、教師が自身の政治的意見を表明することを、子どもに政治的判断能力をつける方向、一方的な押しつけでない限りこれを積極的に認める地域であったからだ。

 

これがもし右翼・自由党連合の勝利となれば、ネオナチとつながり、政治的弾圧を呼び起こした過去の容認へと続いていくと想定していた。だが、結果は、リベラルのファンダーベレン氏が得票率が53%となり、難民受け入れ制限を訴える右翼政党・自由党のノルベルト・ホファー氏をリードしていると報じられている。

 

かつてナチに加担し、そこから再起し、The Sound of Musicの舞台となった国は、リベラルなままであってほしいものだと思っていた。さしあたり今回はよかった。そう思う。

 

しかし、危惧を抱かせるほどネオナチ的政党が票を集めるのは、中東地域を中心とした移民の受けいれ反対という経済問題が根底にある。職を奪われているとする見方があるからだ。貧しさは、リベラルと過去の責任を売り払う。

しかし、それは本来、売れないものであり、売り払うべきものではない。

これは日本のことをいっているのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:34 | comments(0) | - |
感想か振り返りか

近年、学校の授業のおしまいに学習者に書かせる短文を感想と呼ばずに、「振り返り」ということが多くなった。

授業のスタンダードを推進している地域の画一的パターンにも終わりを「振り返り」としているところが多い。画一大好きの面目躍如といった風情となっている。

 

これまでにも、授業のおしまいに「感想」を書いてもらうことあるいは口頭で言ってもらうことを行なう実践は存在してきた。これが呼び方がなぜか変わった。ワークショップの流入と関係があるのか、一昔前の心理主義の隆盛と関係があるのかなどと疑うことがある。

 

内容が変わらなければ、呼び方は何でもいいのだが、私のようなまなざしを持つものは、「振り返ってばかりいないで前を向け!」と一度書いたように思う。

 

とはいえ、「振り返り」に何を書くのかは問題だ。そこでまずポイントは、誰に向けて書いているのかである。

振り返りというなら、自分に向けて書くものとなるはずだ。

「感想」は、授業を受けた感想であることが多かったから、教師に向けて書くものとなる。応答的だ。

振り返りといいながら、教師に提出することが多い。すると誰に向けて書いているのだろう。

教師に向けて書く振り返りは、振り返りか?と大いに疑問なのだが、これが実践世界では多い。

そんな場合、私の嫌いなタイプの中身は、その授業で学んだことを反復してあるタイプだ。誰に向けて書いているのだという点で、唐変木だ。授業を行った教師は、そんなこと知っている。知っていることをあらためて書くのは、管理に応えようとする精神を生みだしているからだ。そんな「振り返り」は、「私は授業を聞いていました」という弁明としか見えない。

 

教師が読むことを前提にするなら、自分の意見や疑問を記して始めて意味がある。

それなら「振り返り」というより、「感想」という方がずっといい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 教育 | 08:22 | comments(2) | - |
ブラック企業に

ブラック企業大賞のノミネートが発表されていた。

▼エイジス(棚卸し代行業者。違法な長時間労働)

▼電通(3人が自殺)

▼ドン・キホーテ(3カ月で415時間の時間外労働など)

▼プリントパック(印刷サービス企業。組合員に不当労働行為)

▼関西電力(管理職の男性自殺、1ヶ月の残業200時間超え)

▼佐川急便(うつ病で自殺。上司がエアガンやつばを吐きかける)

▼サトレストランシステムズ(「和食さと」などで長時間労働、残業代の未払い)

▼宗教法人 仁和寺(時間外労働毎月140時間、年間勤務日数356日)

▼ディスグランデ介護(賃金未払い、サービス残業など)

▼日本郵便(パワハラを理由に自殺が相次ぐ)

どこもひどい。長時間労働と賃金未払いとパワハラの三つが多い。

だが、学校をノミネートしないのはおかしいだろう!

そう言えば、中教審の教育課程部会特別部会の会議の始まりが19時からというのがあった。文科と中教審もブラックか。

 

他方、見晴台学園の「木もれ陽」235号には、「見晴らし学園大学では在学中に就職活動や就職先を決めることはしない」とあった。大学は学ぶところであり、精一杯学んで、卒業してからじっくり探すのだという。メキシコからの留学生が日本の大学生たちの就活の様子を見て疑問に思った出来事にちなんで「メキシコ方式」と呼んでいると記事にあった。

長時間労働とは違って、それぞれの人生の時を充実させる。

こちらが対抗的世界であるように思われた。

 

 

 

 

 

 

| 社会 | 06:49 | comments(0) | - |
資格要件

NHKの会長は、目出度いことに再任されないようだ。

「次期会長選考にあたって経営委は10月、「政治的に中立である」「人格高潔であり、説明力に優れ、広く国民から信頼を得られる」など5項目の資格要件を決定。」と朝日新聞デジタル版2日が報道している。

5つ中4つが記されているが、最初から資格がなかったように思われる。

国家資格のように、一定の試験や受講で決まる場合は、資格はその基準がわかりやすい。しかし、資格が役割にともなって問われるようなものは、基準がはっきりしない。実績の対象が限定されている場合には、いくらか判断できるが、異業種で業績があったとしても異なればわからないことが多い。籾井会長のように業績が違えば通用しないと見た方がよさそうだ。与野党の政治家が資格に欠けると思われる言動を耳にすることが多いことからもわかる。

 

国立大学法人も学長選考の組織があり、資格要件をそれぞれ議論しているようだ。

「法人の代表にふさわしい」という要件を仮に掲げたとする。これは、間違いなくその通りだが、ではそのふさわしさとは何か?と考えるとはっきりしない。文科省にすり寄るばかりの執行部は、文科にはときどき都合がよいだろうが、文科にとってもお荷物だ。そういう執行部は、アカデミックな世界の自由の空気を吸った側からすると、軽蔑の対象としての資格を十分に備えていることになる。

「人格高潔」なんていう資格要件は最初から曖昧な基準であるにもかかわらず、曖昧であることが特定の人を排除する基準となっていることがある。意味が特定されていることもある。

 

こういう資格要件はとかく怪しい。

選考する人の選考基準が不明朗であったり、選考されてくるプロセスが問題であったりと、現代の仕組みが最善でないことだけは明確だ。権力者が有利に働く現行の仕組みより、直接選挙の方がずっとまし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:38 | comments(0) | - |
答申案の日

「次の学習指導要領はいつ?」と廊下で聞かれた。

「3月が予定とされてますが、12月に中教審の答申がでる予定です。」と私。

文科のお知らせメールによれば、12月6日に教育課程部会が開催されて「答申案」が示されるとあった。

すると、配付資料として1日か2日後には公表され、その後の全体会を経て答申となるだろう。

 

誰かは「ほんとにあんなアクティブ・ラーニングみたいなこと導入するのかね?」と諦めと呆れをない交ぜにした一言を発していた。

 

師走。

12月9日は夏目漱石没100年ということで、関連書籍がまた積み上がった。

そこに漱石が予備門で落第したときの逸話が紹介されている。

病気で受験できず、再試験の道を自分で断って落第し、後に「落第もいいもの」と言って歩いたという。

私も学生に「先達が言うには、そうらしいよ!」と言ってあげている。

 

答申に合格と不合格があるとすれば、今度の答申のテスト日はいつだろう。

先に落第を申し出る委員はいるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 教育 | 07:47 | comments(0) | - |
FDとSDで授業公開

昨日、3コマ目に勤務先のFD(教員が授業内容・方法を改善し向上させるための組織的な取組の総称)とSD ( Staff Development事務職員の能力向上のための各種活動)の対象として、私の講義の公開を行いました。

 

「教科外活動の研究」という教職科目の今週が7回目。

事務職員と教員合計10人ちょっとが参加していた模様。

班が編制された後、二つのタイプの班活動が展開されることが一般的で、班内の関係づくりを主眼とした活動と班外の仕事(給食や掃除、委員会等)の組織について取り上げた。班内の関係についての考え方も親密圏を重視する考え方と公共的な市民的関係を基本と考える考え方とがあるという簡単な話をしてから、プランづくり。(親密圏とか市民的関係などという言葉は使っていない。)

学級の出だしという設定で、教師が活動の中身を決めていくものとして始めるプランの企画とした。

中身は学生も事務職員さんが退屈しないように座っていてもできる遊び(数教協のサークルで教えてもらった牛乳パックのひっくり返し)をクラスの班活動として誘うプランづくりにした。

学生には、ひっくり返し方を一度示して覚えてもらってから、一人でプランづくり。

その後に、4人以上のグループをつくって、その中でコメントを3人以上からもらうというもの。

各グループの一人にプランを発表してもらって、これらに私がコメントし、本日の講義の感想を書いてもらって、一コマ終了。

 

その後に参加者による検討会。

数人の質問にお応えして終了。

質問は、理論の説明は普段はどのくらい?学生の集中度が高いけどいつもは?など。

私の応答:理屈は、学生の感想にひっかけて話すことが多く、取り立てて行なう講義もときどき行っていること。

学生の自由な討論は目指しているが、とりあえず交流が講義の中にあるようにしていることなどを話す。(3人からコメントをもらうとか、感想に私のコメントが付くとか、学生の感想から講義が始まるとか、グループやペアの活動がどこかにあるなど)
その前の週にも公式ではないけれど、授業を見に来ていた人が実はありました。こちらは「ほんわかした感じですね。」と感想を述べられて帰った。

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:39 | comments(0) | - |
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