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教室で教えるということ (JUGEMレビュー »)
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卒論・記録映像の保存

去年から卒論の制度的保存は、電子媒体でCDとなった。

場所をとらなくなり、しばらくはこのスタイルになりそうだ。

問題は、過去の卒論だ。

手書き時代のものもわずかにあるが、一番最初の田中さんからたぶんずっとある。

思案中。

 

雑誌を探していて出てきたのが、音声記録、各種サイズのVTR等の授業映像。

大西忠治のテレビ出演した時の録画や学習研メンバーの授業風景と思われる記録、各地に出かけてとってきた授業映像。自分の講義音声記録なんてのもあった。利用価値のありそうなものとまったくなさそうなものに仕分ける必要がありそうだ。

これらは本ほど大量ではないが、ずっと使ってなかったので、再生できるかどうかの不安も大きい。

下手に再生すると機械が壊れる。テープが途中で回らなくなって、デッキから取り出せなくなり、デッキを一度壊したことがある。

再生しながら保存するかどうか判定しないといけない。

 

CDは記録媒体として以前より薄くなったが、これとて期限があるらしい。

どうするのがベターなのだ?

11中旬までに確定しなければならない。こういう商売や仕事の人はどうしてるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 06:37 | comments(0) | - |
自作自演か

中教審が持ち出したアクティブラーニング。

元々の意味(知識の記憶保持時間の効果差)が明らかになるにつれて、使用頻度をちょっとトーンダウンさせた。

その理由は、世間を狭い意味の方法にだけ注目させればいいという点で目的を果たしたということだろう。

 

その人々が、今度は、「教育課程研究会」などという団体を創作して、本を刊行した。

「深い」「対話」の結果、「主体的」に副業収入を獲得することがこういう位置にいる人たちの今後の「資質・能力」のモデルとなると踏んだのかもしれない。そんなことを想像しながら手にした。

 

執筆者をみると帯の言葉の並びの意味がよくわかった。

本の帯には、「文部科学省職員、中教審委員、研究者、教員など」が徹底解説とある。

先頭に官僚がきていることに注目なのだ。中教審の審議と同じで、官僚主導であることを示していたわけだ。まとめの文書を作成した官僚が、同じ文書をもう一度流用して公式理解ブックを作ったと読むべきなのだろう。

そのせいか、本は、類似の言葉と類似の文章構造がリフレインされている。文科の審議官は、書き出しの終わりで執筆者の立場が様々と書いているが、そんなことはなくて「審議のまとめ」の第一巻なのだ。公式ガイドブックには先達がある。かつて井上哲次郎が編集した教育勅語の解説本「勅語衍義」がそれであり、それと類似の位置を狙っているのかもしれない。井上の本は日本の学校と教育を死の教育へ導いた本の一つとなったが、今回の本は官僚らの余技に終わるのか、それともその他大勢の本の一つとして埋もれるのか?

通読した限りでは、内容に新たな示唆をさがしだせなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:21 | comments(0) | - |
職業別労働力人口と

以下ただ数字で、今は何の意味もなく、私のためのメモ。

 

以下の数字は、総務庁労働力調査の今年の7月の数値(単位万人)

労働力人口 男  女  就業者 男   女

6677     3765    2912     6476   3644   2832

労働力と就業者数の差が概ね失業者数。
 

今年の7月現在の数値

農林業    224万人

建設業    494万人

製造業   1038万人

情報通信   206万人

運輸・郵便  337万人

卸・小売り 1042万人

金融保険   163万人

不動産賃貸業 113万人

学術専門技術 221万人

宿泊飲食業  396万人

生活関連娯楽業243万人

教育・学習支援315万人

医療・福祉  809万人

複合サービス  61万人

サービス業  408万人

公務     236万人

 

以下の数値は、文科省学校基本調査H28の速報値から

教員は、

幼稚園  9.9万人(認定こども園を除く)

小学校  41万人

中学校  24.8万人

高校   23万人

特別支援  8万人

以上で 106万人

(大学   19万人)

 

さて、警察庁のH24年の職業別犯罪統計は以下。

刑法犯総数 287021人

農林漁場 2121人

販売店主 1170人

飲食店主 2068人

土木建築自営 3051人

不動産自営 678人

製造業自営 466人

その他自営 6388人

教員 563人

医療保健 2031人

芸能人・スポーツ選手 90人

弁護士 28人

その他専門技術者 2345人

議員・知事・課長以上公務員 127人

会社・公団の役員 1757人

会社・公団の部課長 459人

事務員 5850人

以上 職のあった人の総数は、29194人、残りは無職もしくは学生等。

職業分類が一致しないが、ある程度区分できるもので比較する。

 

幼稚園・小中高・特支の教員の犯罪検挙者比率は、1882人に一人だ。

農林漁業者の比率は、1056人に一人。

不動産業自営で従業員を含んだ不動産業総数を割ると1667人で、こちらの比率の方がずっと高い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 08:11 | comments(0) | - |
食品と放射能

NPO子ども全国ネットという団体から「ほうしゃのうきほんのき」というパンフレットが到着していた。

内容は、外部被ばくと内部被爆から子どもを守るために、放射線と被ばくとその危険、それらから身を守る方法のいくつかを記したものである。おそらくこのパンフの監修の山さんのお話しを聞いたことがあったので送っていただいたのだろう。

ネット上で内容を読むことができる。

http://www.311kihonnoki.com/

 

他方、政府のパンフも少し前にみた。消費者庁の資料だ。

http://www.caa.go.jp/jisin/pdf/160315_food_qa.pdf

ベクレルとかSievertといった言葉の説明はほぼ同じで、こちらは農産物と水産物の測定結果が経年で示され、農産物は今年になるとほとんど計測されていないことを強調したパンフとなっていた。水産物は回遊魚と底魚とが区別され、底魚の線量が高いことなどが示されている。しかし、水揚げ後検査をしているから大丈夫という文章となっていた。

 

だが、魚の検査は全量検査ではない。また、水揚げ場所と漁場とは一致しない。農産物はコメなどは全量検査となっているが、すべてが検査されて流通しているわけではない。この点の説明が「リスクコミュニケーション」(ここでは、間違っていないが正確とは言えないという意味)になっていて全国ネットのパンフとの違いを感じさせる。

 

こういう部分の比較をすることが教育なんだ。片方だけをやりたがる人が教育を理解していない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:14 | comments(1) | - |
未来の教師は

1970年代の雑誌を探していたら箱から1冊だけ出てきた。

30号で1984年3月刊と表紙にある。福島大会の報告号らしい。1954年にできた組織で、毎年1冊刊行していたと記憶する。

なぜこれ一冊だけが出てきたのか記憶にないが、私も学生の頃に何だかんだと議論していた記憶がいくらか蘇った。残念ながら議論の中身はほとんど思い出せないが、意味を色々与えたくなる時であった。

その頃それなりに本を読んでいたが、不勉強だったなと思うことがある。ただ本を読むだけで、読みのセオリーを無視していた。もう少し研究的に読むことをその頃から知っているとよかったと思う。(いくらか読んだ後にわかることなのかもしれないが。)

 

本当は川合章の「わかる授業」と「楽しい授業」が所収された雑誌、民教連の雑誌を探していた。しかし、見つからず、関係ない本が出てきたというわけだ。

『子どもの発達と教育』(青木書店)に収められているかもしれないことを昨日の夜になって思いだした。思いだしたが、その本が今度はまだ見つからない。最初に発表された雑誌の方が、当時の雰囲気をつかめる。本になると、川合の思索の把握にはいいかもしれないが、別の論者の並びや議論のトーンはわからない。


その論文は、「わかる授業」が子どもを受動的に捉え、知的操作に偏り、個別学習的に捉える傾向があることを批判していたはずなのだが。忘れてしまった。いままた授業のあり方が少しの冷めたまなざしを交えながら語られる時に、見ておきたいと思った。今ならもう少し付け加えて言えることがある気もする。

例えば、「楽しい授業」も子どもを操作することになってしまう場合があること、活動的学習の反応として定型化された反応もあることなどなど。ともあれ、川合論文は「楽しさ」をめぐるひとまとまりの議論の先魁だったのではないかと思う。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:23 | comments(0) | - |
部活で頑張ってしまう教師の問題

生活指導10/11月号(高文研)に谷尻さんの部活に関する文章がある。

この論文は、文科省の方針が部活による過重労働から教師を解放しないと問題点を指摘したところまではまずまずだが、途中から主張の内容がかなり問題だ。(まずまずというのは、部活に関する文科のこうした方針を全体の教育政策の動向と関連づけていないけど、方針通りにするとすぐに発生しそうな問題を並べているので「それはそうだ」ということ。)

 

問題点は、部活顧問選択制について、谷尻さんは反対だと述べるが、そう言ってしまう考え方にある。この考え方は教師を追い込む考え方なのだ。「部活で頑張ってしまう教師」はそれ自体が悪い意味で問題を孕んでいる。害悪を拡散する側にいることもあるということだ。この自覚のない教師が一番問題でもある。

谷尻論は、次の論理を辿る。「部活の果たしてきた役割はかなり高い」と直前に指摘した問題点が消去される。貧困家庭の子に運動の機会を保障してきたとメリットが強調され、選択制になったら教師は担当しなくなると危惧する。そう言ってしまえば教師に選択権はないことになる。子どもの前では教師は犠牲を払うのは当然と言っていることになる。また、選択制がいっそう若い教師に犠牲を強いることになると決めつける。これらが理由で反対といっている。

 

だが、谷尻論はいくつか間違えている。

部活が日本の運動文化を支えてきた側面があるが、それこそが弊害を生んでいると書き出しでは示してあったのに、その問題が消去されている。谷尻論では、この弊害は一切解消されない。また、教師の犠牲はいつまでも谷尻論では容認され続ける。

選択制が若い教師に部活を押しつけることになるというが、それは奇妙だ。選択制が完全に実施されたら選択権によって拒否できる。仮に名ばかり選択権でそれを行使するのがベテラン教師だけだとすると、それはパワハラか不当な仕組みであって、別の問題だ。

私たちの調査では、選択権のない地域が圧倒的に多い現状の中でも、若い教師に部活顧問が押しつけられているデータがある。だから、谷尻さんの主張は選択制によって発生する問題点ではない。そうして結局、教師、とりわけ若い教師に部活を強いる考え方がそこに孕まれているのである。こうした考え方を一掃しなければ、教師の働き方は変わらない。また、その考え方自体は部活問題に限定されない。「教師やリーダーの指導に異議申し立てができ」る部活指導が重要だと述べているが、それが本当かどうかに疑いを持たせる。意義がどこかにあると異議が引っ込みかねないものの見方がそこにあるように見えるからである。

 

社会制度的レベルの問題と顔の見えるレベルとを区別して議論をしなければならない。一部に発生した出来事で全体を判断するのは間違いだ。また、逆に、一部に発生する出来事はどこかで社会制度とつながっているが、それは何とつながっているのかを見定める必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 社会 | 07:06 | comments(1) | - |
コロニア

エマ・ワトソン主演のチリの史実に基づく映画。

1973年、アジェンデ大統領政権に対して軍事クーデターが発生し、ドイツのジャーナリスト・ダニエルとその恋人であるレナが捕まる。ダニエルは大統領派のポスターを画いたため、コロニア・ディグニアに送られ拷問を受ける。彼を救出すべく、解放されたレナは表向きはオカルト教団のコロニアに入り込む。

そこは元ナチス党員のパウル・シェーファーが暴力で支配する教団で、裏ではピノチェト大統領と結託してアジェンデ大統領派を拷問し殺害している。

オカルト教団の洗脳手法は、日本にあるいくつかのオカルト教団の手法と同じだなと思いながら見た。教皇への帰依、暴力と絶対の服従、考えさせずに追い込む、歌とシュプレヒコール、無力感の創出などと組み合わされていた。

 

二人はここからの脱出し、コロニアが拷問と虐殺の施設であることを国際的に暴く。そこに至る映画。

教皇と呼ばれたシェーファーはピノチェト独裁政権が倒された後逮捕され、アルゼンチンで服役中に死亡したとエンディングで説明されていた。だが、服役理由は拷問と殺害ではなくて、コロニアでの子どもへの性的虐待だったと説明書きしてあった。つまりこの映画は、この施設で何が行なわれたのか、その責任ある加担者たちがそれにふさわしく罪に問われていないことを告発している。

 

ワトソンは、この映画について、女が男を救出する映画となっていることを高く評価している。監督のフロリアン・ガレンベルガーは日本の観客に向けたメッセージで「一人のリーダーを支持し、自分で考えることを放棄するとどうなるか、これまで様々な国でこういった歴史が繰り返されてきました。私たちは、特に若い人々に、自分の頭で考える、自分の考えを持つ、そして自分の指導者に疑問を投げかけることの重要さをリマインドする必要があります」と述べているようだ。

誰を想定して述べたのかがわかるように思われた。

 

ハリー・ポッターのエマ・ワトソンしか知らない人は、彼女が国際女性の日を推進する国連の親善大使を勤め、ジェンダーの平等を追求する活動をしていることを踏まえるとこの作品に出演した理由がわかろうというものである。ネット上に国連での演説がアップされている。

https://www.youtube.com/watch?v=jQbpLVI6DwE

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 映画 | 07:10 | comments(0) | - |
枠組の限界、事実と質を

私が聞いた報告は、外枠の話しに終始し、その質が不明なものが多々存在した。

例えば、「同僚との関係が重要」という。それはそうだが、どんな関係かは不明だった。

「教員同士の共通理解が計られている」という。どんな中身の共通理解かは不明だった。私の知るところでは、全国の学校で使われる「共通理解」とは「画一的教育の強制」と限りなく同義だ。

枠組の中身に踏み込まずに枠組だけ示して、教育を掴んだつもりになられては「なにやってんだか」という印象はぬぐえない。

 

また、学会参加期間中、時間外の話題では、PDCA研究の現在を話題にしていた。

報告にも「学校運営はPDCAが重要」などという主張をする報告もあったが、浮ついた時流の二番煎じなので、一番煎じを目指してもらいたいもの。

時間外の話題の中で記しておきたいことの一つは、日本のPDCAが上意下達を機能させるためのチェックポイントを羅列したものにすぎないものになっていること。二つは、導入元の米国のPDCAはステークホルダーの実証性を問題化するなかで、その初期形態を反省して修正してきているらしいこと。経営学のPDCAをそのまま適用したような方向はやめてきていると聞いた。(研究者の名前も聞いたのだが忘れてしまった。)

 

関連した話題への疑問。

ピーター・タウプマンの議論から、到達水準のスタンダード化が計られると、貧困層等の教育は数値化できる成果の学びとそのテストに変えられてしまうという。そういう議論を読んだわけだが、貧困層等以外の教育はそうはならないという点に注意をする必要があることが一つ。

もっと重要なことは、学ぶ内容のスタンダードが示されていたときにも、数値化できる成果の学びとそのテストが教育のすべてであるかのような教育は蔓延していた。だから、到達水準のスタンダード化によってそれがもたらされるとは言えず、これらの問題を解決しないという方がいいのではないか?ということ。

 

ともかくPDCAは教育を改善しない。

改善する仕組みに作動しないと今のところ言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 暮らし | 07:33 | comments(0) | - |
「考える道徳科の考え方2」

『生活指導』癸沓横検聞睚幻Α砲刊行され、私の論文「考える道徳科の考え方2」が掲載されました。

癸沓横靴梁海で、「考える道徳」はどんな実践を推進しようとしているのかを、実践に即して示し、そういう類いの実践の問題点を指摘してみました。

「考える道徳」に代わって、狭く偏った枠組を越える展開を考えてみること=オオカミの一本橋にこだわらず、橋のかけ替えを考えるような展開とか、あるいは学級の政治を取り上げてみたり、現実の社会的課題を学級で問題化することを提起してみました。

 

「考える道徳」には以下の4つのタイプが殊の外宣伝されています。

(文科筋の教育雑誌の特集にはひどく古いタイプのものをそのまま書いてあるものもかなりありました。これは、編集者氏の力が落ちているのか、宣伝しているタイプの実践を書ける人がいないのか?どっちか?)

 

1)「考える」というが、その事柄の幅がひどく狭いタイプ。

2)いずれか一つの徳の選択を迫って、考えさせるタイプ。

3)「問題解決型」の解決案を作るタイプ。

以上の三つのタイプが「考える道徳」とされているようですが、どれも考える幅は限定されています。

4)考えさせない感得タイプ。感動物語風。

「考えない道徳」タイプもかなりあります。教科書はそういうものが入ってきそうです。

 

ご検討下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 教育 | 07:32 | comments(0) | - |
若手育成

教師教育学会も若手対象の取り組みをすることになった。

これで、今年参加した学会すべてが何らかの取り組みをすることになった。

月末の学会では私がその課題の推進責任者となっている。

 

だが、何をすることがそのことにつながるのかはわからない。

資料を読んで議論することが基本で、他にあるのか?

そういう思いが他方にずっとある。

問題意識の広さと深さは、外から教えようがない、と思ってしまうのである。

 

 

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| 社会 | 06:27 | comments(0) | - |
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